私のベビー(2)
水色 真珠何かが頬にあたった。いい香り・・・香水じゃなく・・・食べ物じゃなく・・・気持ちがフワフワ暖かくなる。
小さな柔らかい、あったかいもの。
ハッと目を覚ますと、美しい水色の煌きをまとった小さな天使が柔らかく微笑んでいた。
白いほっそりとした指が頬をなでている。
そっか、いい香りは天使の手だったのね。こんな、いい香りがするなら子供は嫌いだけど天使は好きだわ。
ボンヤリした頭で考えながら辺りを見まわして愕然とした。
崩れた壁、折れた柱、めくれあがり大きく段差が付いた床、分断され上下の区別も付かない階段。
おそらく、宮殿の最下層まで落ちたのだろう。
さらに深みへと続く、唸るような咆哮をあげる亀裂がジリジリと広がってくる。
身体を起こすと小さな天使を抱き寄せた。
小さな天使は暖かく脅え震える心に温もりが流れ込んでくる。
心を救われた相手に、精一杯の想いをこめて話し掛ける。
「大丈夫。絶対、助けてあげる。私を信じて。」
小さな天使はニッコリと微笑んだ。
天使を抱えると足場を探るように外へ出る道を探しはじめた。
だが外光はなく、発光性の壁の特製のおかげだけで見える絶望的な辺りの様子に又も心が挫けて崩れてゆく、
足が震えて目眩がする。
こんな状況で外へ出るなんて絶対に無理。
だけど背後から死神が手を伸ばすように、床はソロリソロリと奈落へ崩れ落ちてゆく。
腕の中の天使は掲げた灯火のようで、それだけが足を動かす。
息をすると寒くもないのに白く震えている。
「!」いきなり死神も魔も払うような白い光輝をおびた歌が天使の白い小さな喉から流れ出た。
私の指の半分もない指に頬をぬぐわれて、はじめて自分が泣いている事に気が付いた。
情けなかった・・・助けてあげるなんて偉そうなことを言って、
力も知恵もない相手と、どこかで見下していた自分に気が付いて。
歩き回っているうちに、あまり壊れていない部屋を見つけた。
休憩をするため入り込むと床の瓦礫を払って座り込んだ。
歌は、まだ続いてる。
「パパにならったの?」天使が首をかしげると流水のような水色の髪が薄いピンクの頬をすべってゆく。
「ママ。」私は内心ギョとした。
リュミエール様は、お声も繊細で美しいからわかるけど。確か、陛下は・・・とんでもなく音痴で・・・。
あぁ、そこまで考えて納得した。きっとママをたててあげてるのね。
いつもリュミエール様が、そうしてるから。
親から子へ伝わるのは遺伝子だけじゃない、優しさ・・・心や、歌・・・技術や、そんなことも伝わる事があるのね。
冷気を孕んだ邪悪な気配に天使の口をふさいで、壊れたクローゼットに飛び込んだ。
ギチ、いやな音が部屋の外で鳴る。ギチ、ギチ、規則正しく移動していく。
壊れた柱の影から覗くと壊れた扉の前を、悪夢のような姿が左右に振れながら歩いて行く。
骨まで腐ったドラゴンと人を合わせたような魔物。
それが胸が悪くなるような臭気を発する卵を壁や廊下に産みつけてゆく。
時々、まだ不安定な宇宙では魔物があらわれる。だが・・・未熟とはいえ、この聖地で現れるなんて・・・。
ここは、どれほど壊れてしまったのだろう?
レイチェルやオスカー・・・無理矢理に封じ込めておいた不安と恐怖がわきあがり心に氷塊を投げ込む。
魔物ごときに遅れをとるとは思えないけど、わけのわからない恐れが頭を掻きまわす。
きゅ、小さな手が私の服を握り締めた。見上げる聖星を宿す海色の大きな瞳が私の不安を映している。
胸が痛んだ。視界が涙でぼやけていく。
私って・・・こんなに弱かったかしら?。思い返して気が付いた。
私が強くいられたのは、他の人が支えてくれたからと。
突っ張ってポンポン言いたい事を言っても、笑って肩を抱いてくれたオスカー。
さらにキッツイ言葉で応酬し、よりお互いを高めあえるレイチェル。みんな・・・みんな・・・。
小さな暖かい手をとって自分の頬にあてる。
だったら、よけいにここで負けられない!ここにも支えてくれる手があるのだから。
この子の為にも今、独りでも本当に強い私が必要なのだから。
クローゼットの中を探ると緊急時用の武器の隠しが見つかった。
私は自分の上着を脱ぐと、それを使って即席の抱っこ紐を作り天使を背負い
両手にレザーグローブをはめた。
右手にはマシンガン、左手には小型バズーカ、ブーツにはサバイバルナイフ、
ロープと非常用ナップザックを肩にかける。
魔物は地の底から湧きはしない、あれも一種の生命体なのだから。
ならば、入ってきた入口・・・どこか外界に通じる道があるはず。
私は道を塞ぐ魔物のおぞましい巣穴に向かって歩き出した。
続く
**** 水鳴琴の庭 金の弦 ****