俺と奴の関係2 水色真珠 

ゼフェルは朝から水の守護聖の館のまわりをウロウロしていた。

手には一通の招待状。

だが・・・渡せない・・・。

こんなに煮え切らない想いをするとは・・・。

なんとも情けなくて近くの草むらに

しゃがみこんでブチブチと草を千切って放り投げると

それを風がゼフェルの頭の上に撒き散らした。

「チクショー、やってられねぇぜ!」

ゼフェルは何ともしれないものに腹をたてて立ち上がると歩きはじめた。

 

もうすぐゼフェルの誕生日だ。

別にパーティなんてガラじゃないが・・・

金色のクルクル髪にネコのような瞳の少年もとい少女の顔が浮かぶ。

アイツがいればタイクツなだけのパーティも、ちょっとはマシかもしれねぇ

そう思って声をかけたのだが・・・あっさりと断られた。

「守護聖様が召し使いを招待なさるなんてヘンです」

そういう杓子定規なことを言う奴だとは思わなくて猛烈に腹が立った。

そして腹の立つ理由を一晩かけて考えて気が付いた・・・

守護聖への通り一遍の祝いを言う者たちではなく

多分とても自分が気に入ってる・・・アイツに祝ってもらいたかったコトに。

そして、そう言いに来たつもりだったが・・・生来の気性がジャマをして

水の守護聖の館のまわりをうろつくハメになったのだ。

 

小道を歩いていると馬車が来て止まった。

こんな時は誰とも会いたくないと思っても水の守護聖はそうはいかない。

「こんにちわ、ゼフェル。御機嫌いかがですか?」

わざわざ馬車から降りてきて年少の守護聖に頭を下げて挨拶する・・・

最初は呆れたが、この頃はそういう奴なのだと納得している。

が、今日は。

「よくねーよっ!」プイと横を向いてしまう。

それでも、怒らない神経がわからない。

「ミシェルとなにか?」柔らかな声は的確に的をついてくるが他意がないので怒れない。

「べ・・・べつに・・・なんでもねーよ。」かえって妙にうろたえてしまう。

静かな瞳が海の広がりと深さをもって、いらだちを受け止め浄化してしまう。

「ミシェルは深い傷をもっています。なかなか心を開く事は出来ないと思いますが

あなたなら信じて下さると想っています。」

一瞬、耳を疑う。そんな大それた話ではなかったのに、ただパーティに来て欲しかっただけで。

水の守護聖が穏やかに微笑んで去って行った後、ゼフェルは大きくため息をついた。

わけわかんねぇ・・・。

 

その夜は、寝付かれないで聖地を抜け出した。

フラフラ歩き回るのは、馴染みのスラム。

 

横丁を曲がると違う空気にあたった。

外界は時間の流れが速い、聖地で暮らすゼフェルにとって状況は頻繁に変わるのだ。

だからといって遅れをとった事はないが・・・空気は熱を帯びてヤバイシグナルを発していた。

崩れかけたビルの前に大柄な男とナイフのように細身で長身な男がいた。

酷薄な瞳は、この宇宙ではありえない残酷さと狂気を宿していた。

人を殺すためだけに存在する肉体が無駄のない動きで一瞬にして鎌を光らせ、

おそらく気の良いチーマーであろう青年達の一団の最後の一人の頭を口から上と下とに切り分けていた。

 

足が動かない・・・結局、平和な宇宙で育ったゼフェルは

その衝撃と殺人者達の肉食獣のような目に縛られ、

返り血に染まった殺人者達が地面に血の足跡をつけながら迫ってくるのを

ただ見ている事しか出来なかった。

チーマー達を屠った鋭い鎌が振り上げられ細身の男の死神のような衣がひるがえり、

月さえも赤く染める血風をあげてゼフェルに向かって唸りをあげた。

 

ぎゅるん、妙に現実離れをした音がして鎌は血煙をあげた。

ゼフェルの目の前で向きを変えた鎌が殺人者の胸を大きく抉って背中から飛び出す。

牛さえ握り潰しそうな大男の腕がきれいに輪切りにされて地面にばらまかれた。

ゼフェルが吐き気を覚えてうずくまると同時に、腕だけでなく男の全身が腕にならってバラバラに崩折れた。

 

ゼフェルの全身から冷や汗が流れ震えが止まらない。

助かったというより、あの殺人者達を一瞬にして排した者が恐ろしかった。

それは、白い衣をフワリとひるがえして降りてきた。

返り血さえ浴びず純白のレースのドレスに身を包み、アンティークドールのように愛らしい人形にみえた。

 

だが、その瞳は・・・先ほどの殺人者が肉食獣なら肉食昆虫とでも喩えるしかないように

異質で無感情であった。

可愛らしいレースの手袋を突き破って長く伸びた残忍な色を帯びた爪にネオンライトが狂気染みた踊りを映す。

ゆっくりと近づく姿にゼフェルは死天使をみた。

「・・・ゼフェル・・・様・・・?」

肉食昆虫のような人形の瞳から無機質な色が消えるとネコのような瞳孔が丸く開いて

あどけなく幼い感じさえ覚える瞳がふるえた。

ゼフェルの乾ききったノドからは声が出ない。

うつむくと、ふわふわの金色の髪が面を隠した。

「そんな目で見ないで・・・胸が・・・イタイよ・・・。」

ぽーんと飛び上がると瞳のはしからこぼれた悲しみの光だけがゼフェルの手の平に落ちて残った。

ぼんやりと手の平の水滴を見つめてゼフェルの心は激しく後悔していた。

俺は、あの一瞬アイツを信じてやれなかった・・・リュミエールの奴が言ってたのは多分このことだったろうに。

心を決めるとゼフェルはエアーバイクまで駆け戻ると、めいっぱいふかして聖地を目指した。

 

闇の中に穏やかな水音が響き全てが安らいでいる空間にゼフェルは足を踏み入れた。

月明かりの水の守護聖の館の庭の東屋で目指す相手を見つけて駆け寄った。

白いレースのドレスを纏った少女は館の主の膝で眠っていた。

息を切らせて走り寄るゼフェルにリュミエールは静かに頷くと隣のベンチに座らせた。

「驚いたでしょうね?ゼフェル。大丈夫ですか?」

余裕なく取りあえず首を縦に振るとリュミエールは柔らかく微笑んだ。

「あなたの強さと優しさに感謝いたします。」

「んなモン、どうだっていーんだよ。どういうことなのか、それが知りてぇんだ!」

「ミシェル・・・話せますか?」リュミエールの言葉に慌てて下を見るとコックリと頷く少女がいた。

勢いに任せて乗り込んできたゼフェルに気づかない方が不思議だが

一瞬あの瞳を思い出してゼフェルの全身から冷や汗が吹き出した。

だが、ここで負けるわけにはいかなかった。

ゼフェルは失いたくないものを失わないためにミシェルの瞳を見詰め返した。

 

そっと、リュミエールが場を離れるとゼフェルはミシェルの隣に座りなおした。

「おい、話してくれんだろーな。本当のお前のこと、もうナイショはごめんだぜ。」

ミシェルはしばらく瞳を閉じて考え込んでいたが次に目を開けた時には迷いの色はなかった。

「僕は、この宇宙の生まれではありません。

少し次元を異にした宇宙なのですが、そこはここと違って・・・ひどい所でした。

宇宙を統べるのは悪魔のような男で、自分の宇宙だけでは飽き足らず他の宇宙さえ我が物にしようとするような。

僕は、この宇宙をのっとろうとする奴の計画で送り込まれてきたアサシンです。

女王を亡き者にして聖地の混乱に乗じて奴が乗り込んでくる手筈でした。」

「ふ〜ん、でもお前やらなかったんだよな。」

ゼフェルの瞳に信頼の色をみて堅く蒼白だったミシェルの顔がほんのり色を取り戻した。

だが瞳は辛く苦しげな想いを映している。

「聖地に赴任してくるはずだった少女を殺しました、入れ替わるために。」

絞り出す声は平板で苦しさのあまり感情をも殺してしまったようだった。

「もし最初に配属された時リュミエール様に出会わなかったら計画は実行していたと思います。

あの時まで、僕にとって人間は赤い色水の詰まったブヨブヨ動く革袋にすぎなかったから。」

自嘲の笑みを浮かべてゼフェルを見る瞳は涙でいっぱいになっていた。

「なんで・・・?リュミエールがなにしたってんだ?」

「ちゃんと僕は笑いの形の表情を造っていたはずなのに・・・リュミエール様は紹介されるなり

僕を抱きしめて、悲しい辛い想いをしてきたのですねって涙を流して下さったんです。

その時に僕は始めて自分に心があって泣き叫んでいた事に気がつきました。

それまでは悪魔のような奴に命じられるまま赤子さえも迷わず殺めてきたのに。

本当は心は悲鳴をあげていたことに、やっと気づいたんです。

僕は全てをリュミエール様にお話ししました。

リュミエール様は庇われる余地のない僕を庇って女王陛下に、ここに住まう許可を取って下さいました。

もとの宇宙に帰れば命はないけど覚悟していたのに、

あなたが罪を悔いるなら亡くなった方々の分も苦しさを超えて生きて幸せを喜びをつかみなさいと

おっしゃられて。」

どれほど壮絶な痛みを感じながら生きていたのかとゼフェルは手を伸ばすと不器用に肩を抱いた、

ミシェルが壊れてしまわないように支えてやりたくて。

「最初は罪の意識で気が狂いそうでした。でも、自分の心の悲鳴に気づかずにいれば苦しまずに済んだのに

元に戻るのは、とうてい恐ろしくて吐き気さえして、今を深く感謝するようになっていました。

やがてリュミエール様と外を歩いたり花の世話をするうちに、以前はスチール製だろうとファイバー製だろうと

気にしなかった花や緑や小鳥達・・・色々なものに命の温もりがあるのを感じられるようになって

さらに感謝は深まりました。

そして・・・ゼフェル様と出会えて・・・リュミエール様のおっしゃった・・・その・・・し・・・幸せと喜びもみつけた・・・

かなぁ・・・なんて・・・。」

あせった様子の愛らしさにゼフェルまで全身があつくなり汗が噴き出した。

「バ・・・バカ!て・・・てれるじゃねーか。」

真っ赤な顔を見合わせると思考さえも吹っ飛びそうで慌ててそっぽをむく。

「ところでスラムでやりあってた奴等は悪魔の手先か?」

「そうです。僕が音信不通になったので後続部隊が来てるんです。

陛下は王立派遣軍にまかせなさいっておっしゃるけど、僕以外アイツらは倒せないもの。

全宇宙にネットを張って奴等に気がつくと聖地を抜け出して・・・。」

ゼフェルは金髪の頭をポンと叩いた。

「無理すんなよ。その・・・なんだ、お前だって、お・・・おんななんだしよ。」

ミシェルは悲しそうに首を横にふった。

 

to be continued


俺と奴の関係3に続く。

 

**** 水鳴琴の庭 銀の弦 ****