俺と奴の関係3
水色真珠白いレースの手袋をとると指先の肉の中から、あの鋭く長い爪が伸びてきた。
「この体は奴の直属エリートアサシンのキラードールにだけ与えられる最高技術の結晶であり、
奴の思うが侭に動く自分の意思のないドールの証明。」
息を呑むゼフェルの目の前で立ち上がったミシェルはレースの白いドレスを脱いだ。
下着の袖からのぞく腕は人形のように無機質で固く昆虫のように関節が目立つ。掴んだ石は簡単に砕け去った。
「この体になるために同じ候補生達である姉や妹達も躊躇なく殺してきた、
姉妹や肉親なんて意味も知らなかったし、負けて死ぬような弱者であることは恥でしかなかったから。
でも今は、その間違いがわかる…失ってしまったものの大切さも…。
全身の皮膚は強化装甲。筋肉も骨も作り物・・・こんなの・・・女じゃない・・・。」
自身の人間であることさえ否定するような呟きに血が滲んでいた。
「ばかっ!じゃあ、事故や怪我や色んな事情をメカで補ってる奴らは
皆、ロボットかよ?!そんなコト…そんなコト気にすんなよっ!」
ミシェルの瞳が優しい色に染まる。
「やっぱりリュミエール様と同じコト言うんだ。でも…」
嬉しそうに笑うとミシェルは胸を押さえてうずくまった。
「おかしいんだ。リュミエール様がそうおっしゃったときは嬉しくて良かったって思えたのに…
ゼフェル様に言われたら辛い気がしてた…やっぱりそうだよ。」
うずくまったミシェルの顔が見えない不安にゼフェルは苛立ちがつのる。
「な…なんだよ!リュミエールは良くても俺の言うコトは信じられねぇのかよ!」
「ううん。ただ、胸が壊れてしまいそうなの。もう僕は人形じゃないよ、リュミエール様に心をいただいたから。
僕は…人間だよ。でもゼフェル様の前では人間なだけじゃなくて女の子でいたかった…。」
「ばかっ!ヤローはあんなパンツは履かねぇぜ。おめぇは女だっ!」
「な…なに言ってんの?ゼフェル様のH!」
2人とも真っ赤な顔して怒鳴り合う。
「お前こそ、ヘンなコト言わせんな!」
動揺しまくったゼフェルは、それでもミシェルのテンションがあがったようでホッとした。
だが…すぐに又うつむいてしまう。
「今度のパーティには女王候補も来るんでしょう?あの方達キレイで可愛いよね。
本当に女の子って感じで…。でも強化装甲の肌の僕は後何年たっても
彼女達みたいに胸が膨らんだりしない…可愛くはならない…」
「俺はピラピラとかフワフワとかいうウットーシー女はごめんだぜ。」
フォローしたつもりがミシェルには逆効果だったらしい。
「ゼフェル様のバカー!ドンカン!わからんちん!」
ゼフェルには逃げ去るミシェルに追いつく術はなかった。
ゼフェルはガックリと肩を落とし水の守護聖の館に入った。
リュミエールは館の暗い部屋の窓際に月の光を浴びて祈るように目を閉じていた。
不思議な色の髪が月の光を弾いて柔らかな輝きをはなっている。
ゼフェルはソファに腰掛けると背もたれ越しに仰け反って逆さまに、その姿をながめた。
「おんなって、わかんねぇ…。なあ…あいつは、なんで普段女のカッコしねぇんだ?。」
リュミエールは困った顔で首をかしげる。
「その方が、あの子の心が楽なのだという事しかわかりません。」
「どーゆーコトだよ?」
さらに首をかしげると水色の髪が頬をすべって白い首筋が月の光にさらされる。
「最初にミシェルが聞いたのです。男性用のスーツで仕事をしてもいいかと…
ですから私は、あなたの心が楽なようにしていいのですよと…」
「心が楽…?どーして何だ?女だったらピラピラした方がいいんじゃねぇのか?」
そこに答えが、ぶら下がっていそうなのに闇に包まれて見えないようなもどかしさ。
「こーゆーコトはルヴァの奴に聞いても…ダメだろうなぁ。」
ディアとかサラとかに聞けりゃいいんだろうけど、と考えて自分が話しの出来る相手ではないことに気づく。
どうも、あの女々した奴らは苦手だ。だが、待てよ…。
ゼフェルは心配そうにミシェルの帰りを待つリュミエールを見上げる。
「なあ…女王に許可もらって、ここにいるってコトはディアもアイツのコト知ってんだろう?
女同士ってコトでアイツが何考えてんのかわからねぇかな?」
リュミエールはハッとして振り返る。
「以前、私に相談しにくい事があればディア様に相談すると良いでしょうとミシェルに言った事があります。
それ以来、何度かディア様に会いに行っているそうです。たぶん今もディア様のところでしょう。」
ゼフェルには苦手などと言っていられる余裕はなかった。
「じゃあ、ディアの奴に聞いてみるぜ。」
立ち上がるゼフェルにリュミエールは力なく首をふる。
「ですが、ディア様が相談事を余人にもらすとは思えませんが?」
遠慮がちな物言いだが、もっともすぎてゼフェルは再び座り込むと
ポケットに入れたままだったクシャクシャになった招待状を乱暴に取り出し
行き場のない苛立ちをぶつけるように破り捨てようとした。
だが、その時リュミエールの白く長い繊細な指が押しとどめた。
「ゼフェル。これは、お預かりしておきます。どうか、あの子を待ってあげて下さい。
あの子は弱い子ではありません。きっと…」
ゼフェルは最後まで聞かずに館を飛び出していた。
誕生日は明日だった。
その日オリヴィエは突然の来客の名を聞いて小躍りした。
応接室に行くと間違えなくリュミエールだった、しかも横には仕立ての良いドレスを手にした召使。
「そっかー♪リュミちゃんも私のセンスの良さがわかってくれたんだ。
いいよん。パーティー前で自分の準備もあるけど、ご希望通りバッチリ仕上げてあ・げ・る♪
どんなメイクがよい?」
リュミエールは詰め寄られて後ずさりながらミシェルを前に出す。
「オリヴィエ?お願いしたいのは、この子なのですが?。」
「なーんだ。で・も、わぁお!可愛い子じゃない。腕のふるいがいがあるわ♪」
シュンとしたミシェルの顔が、その一言に暗さをます。
「おからかいなんですか?僕は…こんな瞳なのに…体だって…。」
リュミエールは小さな肩に手を置くとミシェルの瞳を覗き込んだ。
「私は偽りを申してはおりませんよ?」
ミシェルの顔が赤くなる。
「ごめんなさい。でも…僕。やっぱり…。」
「なによ、私の腕にイチャモンつける気!?ロンより証拠よ。さっさっとおいで!」
こっそりとオリヴィエはリュミエールにウィンクすると、
強引にミシェルの手を取って別室へと引きずり込んだ。
扉を閉めるときにリュミエールはオリヴィエにささやいた。
「あなたでしたら、と信じております。」カンの良いオリヴィエは、その一言に腹をくくった。
これは、ただの自信のない女の子のメイクではなく、もっと深い意味があるのだと。
扉を閉めて振り返るとオリヴィエはミシェルを上から下まで眺めた。
「アンタいくつ?」
「た…たぶん12歳くらいです。」
持ってきたドレスはキチンとした襟止めの長袖で清楚な妖精を思わせる半透明。
「うん。まあ、年相応だしキレイよね。自分で選んだの?」
「あの…僕が本に載ってたから見てたら
何時の間にかリュミエール様が取り寄せてくださって…着たい時がきたら着なさいって。」
うなずいてオリヴィエはミシェルの前に体をかがめて巻き毛の具合を見る。
「今日、着たいのかな?」
息をのんだっきり返事が出来ないミシェルに微笑んで、もう一度問う。
「着たいの?」
「わかりません。リュミエール様に後悔しないようにしなさいって言われて、
ドレスから手が離せなくなってしまって…着つけるならって、ここへ連れてきていただいて…」
オリヴィエは軽く口笛を吹いた。
「まあ♪待ちのリュミちゃんが珍しいわね。つまり決断の時ってことね。」
不思議そうなミシェルにニッコリ笑いかけるとオリヴィエはメイクの色を選びはじめた。
「リュミちゃんはさ、物事を無理やり動かそうとはしないのよ。
相手が動けるようになるまで呆れるほど辛抱強く待つの。
でも、人間関係って機を逃すと余計に傷が深くなっちゃうことがあるでしょ。
リュミちゃんは、いくらでも待てても他の人はそうはいかないから、
そういうときはリュミちゃんも動くのよ。
もっとも、それ知って私がイザッて時は度胸良いわよねって言ったら泣きそうな顔してたから
冷静な判断力ってわけじゃないのよね。ただ必死で…ひたすら愛しい人間を守りたいだけで。」
ミシェルの瞳から涙が零れ落ちた。
「でも…僕…。」言葉に詰まったミシェルはオリヴィエの前で服を脱いだ。
仰天するオリヴィエの頭にリュミエールの声がよみがえる。
あなたでしたら、と信じておりますか、なるほど。オリヴィエは一瞬にして冷静さを取り戻した。
人の痛みがわかり世慣れている自分だから託されたことを痛いほど感じて
オリヴィエは心の中でリュミエールに任しておきなさいと呟いていた。
「僕こんななのに、可愛いカッコなんて…笑っちゃうでしょう?こんな…」
オリヴィエは柔らかくミシェルを抱きしめた。
「アンタは可愛い女の子だよ。可愛い気持ちはアンタを誰より可愛くするのよ。
目を閉じて。魔法じゃないわよ、私は腰の曲がった魔女じゃないんだから。
黙って王子様の顔でも思い浮かべていてごらん。」
ミシェルの真っ赤になった耳たぶに桜貝ににたイヤリングを合わせて満足そうに
うなずくとオリヴィエはミシェルを飾りはじめた。
不機嫌そうにゼフェルは上座に座って足をテーブルの上に組んで投げ出した。
あわててマルセルが飛んでくる。
「ゼフェルってば、行儀悪いってジュリアス様にしかられるよ!」
「うっせーな!こわけりゃ、おうちに帰れよ。来てくれなんていった覚えないぜ。」
マルセルの瞳に涙があふれる。
「これは、公式行事だぜ。ぼうや、駄々こねるもんじゃないぜ。」
小ばかにしたオスカーの物言いにイスを蹴倒して向き直る。
「やるか!おっさん。手加減しねぇぞ!!」
だが、オスカーの瞳はゼフェルを通りこして背後を見つめていた。
彼の唇が対レディ用の笑みを浮かべたのをみて、ゼフェルは女王候補達の到着を知った。
マルセルも泣いていたのをケロッと忘れてはしゃぐ。
「アンジェリーク!ロザリア!待ってたよ♪」
ゼフェルは彼女達を一瞥すると無愛想に睨み付けて、その場を後にした。
居たくなかった、こんなところには。
だが、逃げ出すには困難な障害は多かった。
「ヤッホー!ゼフェル。ハッピーバースディ♪」
背後から、けばけばしい衣装のオリヴィエが首に手をまわしてゼフェルを押さえ込むと強引に席に引き戻す。
「ってーなー、なにすんだよ。極楽鳥!」
ゼフェルの睨みも、どこ吹く風。平然としたオリヴィエは意味ありげに笑うとグサリとクギをさした。
「逃げたら、私の執務室に突っ込んできたメカチュピをバラすわよ。」
「げっ!よせっ!早く返せよ。」
「じょーだん。あれのお陰で私のお気に入りの鏡にひびが入ったのよ。
キッチリお返しさせてもらうよん。」
ゼフェルの頭の上でストールをヒラヒラさせるとオリヴィエは自分の席についた。
人生サイアクの誕生日としかゼフェルには思えなかった。
宴は何時の間にか全員が席につき、すでに始まっていた。
行事中ゼフェルは終始不機嫌そうに、そっぽを向いていた。
それは、うちうちの祝いに席が移っても同じだった。
リュミエールが10回目の懇願に近い視線を送って
やっとオリヴィエは立ち上がった。
「ねーねー、プレゼントがあるんだけど受け取ってくれる?。」
「メカチュピか?」
「もっと、いーもんよっ」
オリヴィエの態度は薄気味悪かったが、リュミエールが妙に真剣な顔でうなずくので箱を開けてみることにした。
プレゼントにしては大きく簡素な箱を開けると、皆の間からも感嘆の声があがった。
「ミシェル?」
丈が少し長いバレエのチュチュのようにドレスは大きく様変わりしていた。
肘や膝、大きく開いた胸元からのびる首などには関節がわからないように
柔らかなリボンが巻かれキレイな手足は剥き出しになっている。
リボンで纏めて結い上げた金髪が、ほんのり崩れていてゼフェルの胸をドキリとさせる。
ネコのような瞳もコンタクトで覆われたことで、本来の心の優しさが見える。
ミシェルはリュミエールのハープに合わせて、緩やかに幻想的な舞をはじめた。
立ちつくすゼフェルのまわりを蝶のように舞う。呆然としながらゼフェルはミシェルの体を捕らえようとするが
踊りながら動くミシェルを捕まえることが出来ない。
やっと捕まえたとき、ハープの最後の一音が余韻を残して消え踊りは終わっていた。
真っ先に感激屋のアンジェリークが立ち上がって手をたたく。
「すてき!ねーねーロザリア。お人形さんよりキレイね。」
「あいかわらずアンジェリークったらオバカさんね。当然のことだわ。
人形では、あそこまで情感はこもらなくてよ。」
高飛車な言い方だがロザリアも目が赤い。
オリヴィエが手を叩いて皆の注目を集める。
「はい。はい。これにてお開き!これ以上ここにいる人はオジャマ虫よ。
さっさっと外へ出て!」
皆ゾロゾロと去って行った後にゼフェルは、ようやく正気に戻った。
「な…なんだったんだよ!どうなってんだよ?!」
「ゼフェル様…。」
不安と心配にうるんだ瞳でミシェルが見ていた。
ゼフェルは捕まえた体を引き剥がすと怒鳴りつけた。
「ばかっ!俺は、どんなカッコだって、お前が来てくれりゃあ良かったんだよ!
無理するコトなんかねぇんだよ!どんなカッコだって、お前はお前なんだから。」
ミシェルの瞳がうるむ。
「ゼフェル様のバカ!ドンカン!わからんちん!」
だが逃げようとした時に計算されたように靴の高いヒールが折れて
今度は逃げられずにゼフェルに捕まった。
「で…でもよ。か…かわいい…ぜ。離したくないくらいだぜ。」
「ゼフェル様のH!」
真っ赤になったゼフェルの鳩尾に軽い衝撃があって体がフワリと吹っ飛んだ。
「キャー、ご…ごめんなさい!つい…。」
ゲホゲホと咳き込み涙目になりながら、
今度こそシッカリとゼフェルは駆け寄ってきた愛しい天使を捕まえた。
END
「俺と奴の関係」は終わりです。
でも、この2人の話は「翠の弦」の「堕神の宇宙」他で語られることになるでしょう。
苦手の悲劇なので、ちょっと気が重いですぅ(T_T)
ロゼ〜、ハッピーエンドに変えちゃダメ?(・・;)
**** 水鳴琴の庭 銀の弦 ****