俺と奴の関係
水色真珠空は青かった。ついでに腹がへっていた。
ゼフェルは空腹と日差しの強さに目の前がクラクラしてきた。
今朝は4時まで新しく開発された技術に関する専門書を読んでいた。
もちろん執務前の会議はすっぽかしたが、宮殿の中庭で寝ていたところを運悪くジュリアスにみつかった。
つかまるようなヘマはしないが、逃げ回っているうち朝メシだけでなく昼メシまで抜く羽目になった。
庭園の植え込みに逃げ込んだが、
オスカーやランディまでゼフェル探しにかりだされているようで気が抜けない。
植え込みの中を移動してカフェテラスの裏についたが
甘ったるい匂いがするばかりで口に入りそうなものはない。
青い空に目眩を起こしかけて寝転がると、小さな足音と辛口のチキンの香ばしい香りがやってきた。
あわてて草のしたへ転がり込んだのに金色の巻毛につつまれた頭がひょっこりとゼフェルを覗き込んだ。
「ゼフェル様。おにごっこですか?随分オニさんばかり多いようですが?。」
どこかで見た顔だが思い出せない、睨むような目を向けながら考え込んでいるとペコリとお辞儀した。
「僕はリュミエール様のお屋敷の執事、ミシェルです。」
いかにも人当たりの良さそうな笑みを絶えず浮かべて、瞳の色さえわからない。
「なんか用か?。」ぶっきらぼうな言葉を投げかけても、その笑みは寸分もかわらない。
「いいえ、ただ天気も良いので外でランチにしようと思って…」
ゼフェルの嗅覚が鋭くとらえた匂いの発生源であるバスケットを持ち上げてみせる。
「なんで屋敷でくわねぇんだよ。」
「お屋敷は僕が一人で管理していますのでリュミエール様がいらっしゃらない時は
一人ではつまらないので気分で色々な場所で食べてるんです。
今日はリュミエール様はルヴァ様のところへお出かけですので外で食べることにしたんです。」
「なにも、ここじゃなくたっていいじゃねえか。」
ハラの音が聞こえそうでゼフェルはことさらキツイ言い方をするがミシェルは意に介した様子もない。
「ここ、お気に入りなんです。そうだ、ゼフェル様も食べませんか?。」
空腹に意地が負けた。
「ふん、食ってやってもいいぜ。」
ミシェルがランチや水を並べるはしからゼフェルはガツガツと口に運んだ。
気がつくと全部ゼフェルの胃に収まっていた。
気まずくなって頬を指で掻きながら上目遣いに見ると、ミシェルは相変わらず笑っていた。
「おいしかったですかー?。」
「おう。で…でもよ…。」
「嬉しいです。僕って辛いもの好きだからこういうのも作るんですけど
誰も食べられなくって、つまらないなぁって思ってましたから。
もちろんリュミエール様になんて出せませんしね。」
想像してプッと吹き出す。
「匂いだけで卒倒しそうだよな。」
「ええ、ですからいらっしゃらない時につくるんです。」
「なんかキュークツそうだな。リュミエールの野郎うるせーのか?匂いがうつるとか。」
以前オリヴィエに言われたのを思い出して言うと、ミシェルは初めて真顔になった。
「まさか、そんなことをおっしゃる方ではありません。僕が勝手に気にしてるだけで…。」
真顔になって始めてミシェルの瞳を見てゼフェルは正直ギョッとした。
その金色の瞳は猫の目ような瞳孔をしていた。あきらかに、この宇宙の人類ではない瞳だった。
ゼフェルの視線に気づくとミシェルは目を細めて笑った、猫が笑ったような印象をあたえる。
「気持ち悪いですか?。」
正直に言えば、そうだったが…ゼフェルのぶっきらぼうな態度のしたに隠されている
ピュアで優しい心が言った、ミシェルが笑いながらも深く傷ついているのが痛いほど伝わってきたから。
「つまんねーこと気にしてんじゃねーよ。」
ミシェルの顔が輝いた、人当たりの良さそうな笑みではなく心底うれしそうに。
「リュミエール様も私の髪の色の方が変わってますよって言って下さって、ホッとしたんです。」
「ああ、確かに変わってるよなアイツの髪の毛。俺の目の色も他人のこといえねぇけどな。」
ミシェルが意外そうに顔を近づける。
「へぇ、とってもキレイな色なのに?。」
「いねぇよ、こんな目の色の奴なんて。
だからって気にしねぇぜ、他人と違ってたっていいんだ。俺は俺だからな。」
ゼフェルが気にした様子もなく言い放つ。
「へ〜。ゼフェル様って強いんだ。カッコイイなぁ。」
そう言われると嬉しくなってしまうのは男の悲しい性だ。
「まぁ、困ったことがあったら言ってみろよ。手先を使うことなら得意だしな。」
ミシェルは首を傾げて考え込んでいたが、やがておずおずと。
「あの〜。実は僕のパソコンのことで相談にのってもらいたいことがあるのですが。」
水の守護聖の館にパソコンがあることは驚きだったが
どうせ立ち上げでも出来ないのだろうと行ってみて仰天させられた。
ミシェルの私室はゼフェルのそれと良い勝負だったのだ。
壁面を埋める各種コントロールパネルやパソコン・工具箱から顔をのぞかせる基盤etc。
「あっ!この基盤。手に入らなくて探してたのじゃねぇか!」
「ダメですよ。僕だって何軒もジャンク屋探して、やっと見つけたんですから!」
「相談料!」
「う〜ん。手に入れた店なら教えてもいいですよ。」
聞けばゼフェルの知らない店だった。
「いいとこ教わったな。今度、行ってみるか。」
「ちゃんとバレないように行って下さいよ。リュミエール様が心配なさいますからね。」
ミシェルは話せば話すほど、同じような趣味嗜好だった。
2人が打ち解けるのに、さして時間はかからなかった。
しかしミシェルの相談は難解だった。
さしものゼフェルも解決を持ち越し、後日の約束をして帰った。
次の日ゼフェルは自分のパソコンにメールが届いているのを見つけた。
「ミシェルの奴、アドレスなんて教えてねぇのに…。」
呆れながら読んでみるとジャンク屋への誘いで、慌ててエアーバイクに飛び乗る。
外界へ出て待ち合わせ場所につくと、もう一台のエアーバイクが待っていた。
その横でミシェルがクスクス笑いながら出迎えた。
「さすが、早く来ましたね。」
「あったりまえだ。それより俺のアドレス何で調べたんだ?。こいつ油断がならねぇな。」
笑ってコツンと額を叩こうとすると、ミシェルはすばやい身のこなしで避けるとバイクに飛び乗った。
「追いつけたら教えますよ。」
「こいつ、なめんなよ!。」
2台の暴走バイクは本来の目的を忘れて抜きつ抜かれつのバトルに突入してしまった。
エアーバイクは大きな古木の下で、やっと止まった。
ハァハァと荒い息をして2人とも声がでない。
ミシェルがナップザックから水筒を出すとゼフェルに渡した。
喉にしみとおるような、おいしい水だとゼフェルは思った。
「おいしいでしょ。さすがリュミエール様の館の井戸ですよね。」
「これリュミエールのとこの水か。あっ!じゃあ、この間のもか?。」
ミシェルのランチを食べてしまった時のんだ水を、やけにおいしいと思ったのを思い出した。
「そうですよ。僕、味のついた飲み物より水の方が好きなんです。
甘ったるいコーラなんて絶対に飲めないなぁ。」
「そーだよなぁ。あんなの飲む奴の気が知れねぇぜ。」
また一つ意気投合すると2人は笑いながら、今度こそジャンク屋へと向かった。
数日後、ゼフェルは約束を果たすためにリュミエールの館を訪ねた。
が、どうにも表から入る気になれない。
裏口からひょいと首を入れると洗濯物を抱えたミシェルと鉢合わせしてしまった。
「あっ!ゼフェル様。」
ぶちまけられた洗濯物を慌てて拾うミシェルを手伝って拾い集める。
「例の解決法がめっかったんで来たぜ。」
言って、手渡した洗濯物の山の一番上に異物を見つけて思わず手に取る。
「お…い。これ…。」
それは、どう見ても女性ものの下着だった。
きまずーい沈黙の中で、思考だけがグルグルまわってオーバーヒートする。
「お前の…だな。お前……お前…おんな?だったのか???。」
「ち…違う!僕は…僕は女なんかじゃないっ!!」
激しい剣幕で言いながら、目には涙がこぼれかけている。
相手がアツクなると、こちらは却ってクールになる。
「なんか、わけありか?俺の事をからかったわけじゃねえんだよな…。」
ウンウンとうなずきながらもミシェルは歯を食いしばったまま、泣くこともわけを話すことも決してしなかった。
ゼフェルはボンヤリと宮殿の中庭に寝転んでいた。
やわらかな足音がして影がさした。
「ゼフェル?。」
声を聞かなくても誰かはわかっている。
「心配すんなよ。俺は怒っちゃいねぇ。ただよ、俺の信用が足りないのか?なんで話してくんねぇんだか。」
リュミエールの珍しい水色の髪が左右にふれるのがみえた。
「あんたは知ってるんだろう?。」
今度は縦にゆれる。
「私はゼフェルなら話しても良いと思うのですが…。」
「アイツが決めることだから…か?。アンタも厳しいな。」
「あの子を妹と同じに思っていますから。」
「そんなに大切か。」
「ええ。」
ゼフェルは立ち上がると草をはらった。
「俺もさ。ダチのつもりだからな、こっちはよ。」
リュミエールは真珠のように暖かい温もりの微笑みをみせた。
そして、ゼフェルは何かがふっきれ、
ここ数日のあいだ足を向けなかったリュミエールの私邸に向かった。
裏口をぶっきらぼうにドンドン叩くと、ミシェルがおずおずと顔を出した。
腕を組んで見下ろすポーズのゼフェルは、かなり迫力がある。
「こら、このターコ。オメエなんて女でも男でも、んなことたぁどーでもいーんだよ。
オメエが男だからダチになったんじゃねーぞ。オマエがオマエだからダチになったんじゃねえか。
わかんねーでメソメソしてやがると、ぶっとばすぞ。俺はメソメソした奴は大嫌いなんだよっ!。」
ぼーぜんとしているミシェルに言うだけ言うと
回れ右して大股に歩き出す。
ドンと、その背中に何かぶつかった。
その温もりはゼフェルの心に嬉しかった。
to be continued
俺と奴の関係2に続く。
**** 水鳴琴の庭 銀の弦 ****