この話は、「絆 前後編」設定になっております。
未読な方は、こちらを先にお読みください。
「絆 前後編」〜佐為・偲・再〜「伊角企画」参加作品♪
ヤマザクラ
水色真珠
ソメイヨシノの花が翌年の再会の約束をささやくように
花吹雪を舞い散らす季節が終わり
桃色の花びらに変わって若々しい葉が茂り始めた頃
伊角慎一郎は誕生日を迎える。
すこし青みを増してきた空を見上げ眩しげに目を細めながら和谷は
傍らを歩く伊角に話し掛けた。
「散っちまったなぁ、桜。オレ花見してないのにさ。」
和谷のいう花見が花を見ることではなく、飲み食いのことであるのは
付き合いのあるものならよくわかる。
伊角も苦笑しながら答える。
「そうだな。また来年…だな。」
「来年も花見できなかったら、オレ間違えなく暴れるぜ。」
花見の日に親が風邪をひいて出られなかったのが
よほど悔しかったらしい。
「でもお母さん、たいしたことなくてよかったな。」
「まぁね、だいたいさ、うちの親ちょっとやそっとじゃ壊れやしないって。」
頭をかきながら和谷はため息をついた。
そんな、うそぶいた様子に思わず伊角は笑いがこぼれる。
「桜って毎年咲くから散るのも惜しみながらも綺麗だって思えるんだと思うよ。
ニ度と咲かないとしたら人は綺麗だなんて言ってられるかな?
親もそんなもんなんじゃないかな?」
「伊角さん…。」
伊角の祖父は去年、桜と共に散った。
激動の時代を生き抜いた凛とした強さと温かみのある人間だったが
命の火が消えるのは、あまりにあっけなかった。
その去り際は、まさに桜が散るように潔く
苦しむこともなく良かったと他人は言っていたが
残されたものにしてみれば良かったことなど何もないのだと
いくら生前の偉業を称えられようと、意義のある人生だったと思われようと
かけがいのないものは生きて微笑んでくれる顔なのだと
そう言っていたのを和谷は覚えている。
それはそうだろう。存在しなくなっていいなんてヤツはいないもんな。
そう思いながら和谷が反省した顔を向けると
伊角は優しく微笑んで小さくうなづいた。
靖国通りを下りてくると、
もう和谷が用事のあるという神保町の漫画屋まで近い、
気まぐれに路地に入ると小さな洋食屋や太ったネコに出会うこともある
寄り道しがいのある行程を、いつものように二人は楽しみながら歩いていた。
だが常にないことも時にはおこるものなのだと
二人は、その日思い知った。
「あれ?さくら?」
風が吹き抜けざまに和谷の肩に花びらを一枚落としていった。
「あぁ…、ヤマザクラの一種だよ。ソメイヨシノより咲くのが遅いんだ。」
和谷の肩から伊角が手にとった花びらは桜色より白に近かった。
風の吹いて来た方には一本の大木が花をつけていた。
若々しい葉の色と白い花は、ソメイヨシノの妖艶な艶やかさとは違い
薫風のさわやかさをもっていた。
だが…それだけではなかった…。
二人は思わず声をあげると駆け寄った。
「佐為!お前なにしてんだ?」「佐為くん、一人なのかい?」
木の下には長く艶やかな黒髪をゆるやかにひとくくりにした桜の精のような子供が
ニコニコしながら落ちてくる花びらをつかまえようと追いかけていた。
和谷が佐為を捕まえると、伊角が話をする。
この好奇心旺盛な子供と話すときに自然と身についた二人の役割分担だった。
「佐為くん、ママはどこかな?」
伊角の問いにも佐為は和谷の手の中でパタパタしながら、
目は桜の花びらを追いかけクルクル動きまわり上の空だ。
伊角は弟たちが小さかった頃のことを思い出して
頬を両手で包むようにして自分と向き合わせコツンとおでことおでこを合わせた。
もう一度、問う。
「ママはどこかなぁ?」ようやく大きな目が伊角を見つめる。
「あ…伊角先生…、ママは奈瀬先生とデパートでお買い物でちゅ。」
佐為の母親と奈瀬明日美は馬が合うらしく研究会で出会って以来
すっかり仲良くなり行動を共にすることが多かった。
「おまえ、ひとりでここに来たのか?」
思わず和谷が声をあげると佐為はニコニコしながら言った。
「ヒカルとアキラ先生といっしょでちゅ。」
「どこに?」
和谷と伊角が見回しても、あたりに二人の姿はない。
ようやく佐為も気が付いたらしい。
一転こんどは大きな瞳がうるうると潤んでくる。
「あ…ヒカ…いない?」
「もしかしたら…二人とはぐれたのかな…」
伊角と和谷は顔を見合わせて嫌な思いにかられていた。
進藤ヒカルの佐為溺愛は棋院名物だ。
5歳にしてとんでもない棋力の佐為と打ちたがる人間は多い。
そのため、チョコだのアメだのを餌に誰かが佐為を連れ出すたびに
受付の人が見ているのだから棋院内にいるとわかっているのに
いつも棋院中の座布団の下まで引っくり返して探す大パニックになる。
進藤ヒカルは連れ出す常連の桑原本因坊や塔矢元名人を
要注意の誘拐犯リストに載せていると公言してはばからない。
それくらい溺愛しまくっていて棋院名物となっているのだ。
棋院内でさえ、そうなのだから往来ではぐれた場合に
進藤ヒカルがどうなるか、想像するのも怖い和谷と伊角だった。
だが当面の問題は足元にあった。泣きじゃくる佐為を連れている二人は、
まるで本当に誘拐犯と間違われかねない状況なのだ。
通りすがりの女性が思いっきり不審な目で二人を見ていく。
髪が長い上に色白で愛らしい顔立ちの佐為は、どうみても男の子には見えない。
塔矢元名人でさえ目を細めて見、機会があれば連れまわしたがり
桑原本因坊が「じいじ」と呼ばせて喜んでいるのが、よくわかるような子供なのだ。
「伊角さん…マズイよ。オレ達、通報されっちまうよ。」
そうしたら、錯乱した進藤は本当に誘拐犯だと証言するかもしれない。
進藤先生でなく「ヒカル」と呼ばせるんだと駄々こねまくって
周囲を無理やり承知させてしまった桑原本因坊以上の危なさなのだ。
伊角は佐為を抱き上げるとポーンと空中に投げ上げて受け止めた。
最初はビックリした顔で固まった佐為が何回か繰り返すうち
今度はパタパタと手足を振り回し、きゃあきゃあと笑い声をあげる。
「やっぱり男の子だな。弟たちにも、これが一番うけたよ。」
ホッとして和谷は額の汗をぬぐった。
「あぁ…、焦った。さて進藤に連絡してやるか。」
和谷はケイタイを開くと進藤ヒカルにかけた。
「…でない???」
焦って探しているだろうと思っていたのに拍子抜けした顔を伊角に向けると
伊角は難しい顔をしていた。
「塔矢にかけてみたらどうかな?」
「え…、塔矢の番号なんて入ってない…」
伊角は佐為を和谷に渡すと自分のケイタイを開いて棋院にかけた
塔矢の番号は、すぐにわかった。
「もしもし、あ…塔矢。」
妙に暗くて平板な塔矢の声が答える。
「はい…伊角さん、なにか?」
和谷は伊角のケイタイを奪うと思わず怒鳴りつけた。
「なにか?じゃねぇだろ!お前ら佐為をほっぽといて何してんだ!」
慌てて伊角がケイタイを取りかえす。
「あぁ…佐為くんね、偶然見つけてオレ達が保護してるから。」
ケイタイの向こうから心底ホッとした、ため息が聞こえた。
「すいません。ぼくは動きがとれなくて…」
打って変わって苛立ちと怒りのオーラが目一杯ただよう声だった。
「どうかしたのかい?」
「進藤…佐為がいないってわかった途端に倒れてしまって…
ここ…病院なんです。」
伊角にへばりつくようにして一緒にケイタイに耳をあてていた和谷は
思わず天を仰いだ。
とりあえず、病院に向かうことにして二人はタクシーをひろった。
さっきの連絡で分かったのは母親に世話を頼まれた進藤ヒカルと塔矢アキラが
碁盤の店から帰る途中、歩きながら棋譜の検討に夢中になっていたら
気が付くと佐為がいなくなっており、それに気が付いた途端
進藤ヒカルはショックのあまり引っくり返って救急車で運ばれたということだ。
「なんだかな…、進藤って親でもないのになぁ…」
タクシーの中で和谷が頭を抱えながらうめいた。
だが伊角の脳裏には中国から帰った後、
進藤ヒカルの家で対局した時のことがよみがえっていた。
「進藤は何かを亡くす怖さを知っているんだと思うよ。
どんな理由があっても真に大切にしている存在を亡くして、
人は納得なんか出来やしない
納得したように見えても亡くなった人のためにとかなんとかいって
無理やり言い分けを数えているだけなんだ
かけがえのないものをなくして人は、それを知るんだよ。」
ふぅ…ため息をついて伊角の腕にもたれて眠ってしまった佐為を
和谷は複雑な心境で見つめた。
水蜜桃の頬…ヒヨコのようにツンとした桜色の口元…
あどけない顔は確かに失って生きるのに辛すぎるものだった。
病院に着くと入り口がいやに騒がしかった。
「も…もしかして…?」
和谷の嫌な予感は当たっていた。
無理やり病院から飛び出そうとする進藤ヒカルを
塔矢アキラが必死になだめている。
「どの道を通ってくる、どこの会社のタクシーかわからないのに
迎えに行く方が時間の無駄だというのが、どうしてわからないんだ!」
「わかるったら!わかる!」
「君はバカか!?」
「バカだよ!!文句あるか!」
「ふざけるなぁ〜!!」
「ふざけてなんかない!!!」
タクシーから降りた三人に気がついた様子もなく怒鳴りあう二人。
「伊角さん、オレ知らないふりしたいんだけど。」
伊角も恥ずかしかったが、ここは病院だ病気の人に迷惑をかけるのを
ほおっておくわけにもいかない。
とりあえず二人の間に眠っている佐為を差し出してみる。
「佐為〜!!!!」
伊角の存在は目に入らないらしい。
進藤ヒカルと塔矢アキラは二人して佐為に飛びつこうとして
派手に頭突きしあった。
「き…君はバカか?!痛いじゃないか!!」
「バ…バカだよ!!文句あるか…、イテテッ…」
「だいたい君が手を離したりするから…!」
「おまえが、そこでツケるのはおかしいとか言い出すからだろう!」
「じゃあ、オシだっていうのか!」
「誰が、そんなこと言うか!」
「ふゃ?ヒカ?」
あまりの騒がしさに佐為が目を覚ました。
だが二人は白熱した検討に入ってしまっている。
佐為は、まわりをキョロキョロと見回すと花壇の花の方へ駆けて行く。
「迷子にしたのを再現して、どーすんだよ〜っ!!!!」
和谷の叫びに、
ようやく我に返ると進藤ヒカルと塔矢アキラは慌てて佐為の元に走った。
またもぶつかるが今度は、張り合ったまま佐為の元へ走る。
「佐為〜。」「わ〜い、ヒカル〜アキラ先生〜♪」
二人に張り合うように抱っこされて佐為は嬉しそうにパタパタとはしゃいで喜ぶ。
無邪気な仕草に思わず進藤ヒカルや塔矢アキラならずも和んだ時だった。
「あそこはマガリでちゅね。」
進藤ヒカルと塔矢アキラがガラっと壊れたように見えた。
伊角と和谷は何となく察して哀れみを覚えた。
「ちょっと、何グズグズしてんの!」
いいかげん病院の前で傍迷惑な5人に声がかかった。
遠慮のない物言いはワンボックスタイプのレンタカーに乗った奈瀬明日美だった。
反対の窓から新藤神子が不思議そうに見つめる。
「早く乗って、棋院でみんな待ってるよ。」
「棋院で何かあるの?」
伊角の問いに、みんなが思わせぶりな笑いを浮かべる。
「まあ、まあ、行ってみりゃわかるって…」
和谷に押し込まれるように車に載せられた伊角は棋院について目を丸くした。
奈瀬の車から大量の花と飲み物が出てきたと思うと待ち構えていた院生達が
運んでいく、女流プロもメンツを揃えていて花を抱えあげて行く。
デリバリーの車が何台も棋院に横付けされている。
「パーティでもあるの?」
みんなはニヤニヤするばかりで答えない。
背中を押されて大広間につくと桑原仁とサインの入った横断幕に
「祝 伊角慎一郎 誕生日」と書いてあった。
それでも目を白黒させるばかりでのみこめない伊角に皆の声がかかった。
「誕生日おめでとう!」
「オレのために、こんなに用意してくれたのか?」
「そんだけ伊角さん人気あるんだよ。」
和谷がニンマリ笑って答えた。
塔矢アキラと進藤ヒカルは抱えていた大きな箱を持ってきた。
「これ、ぼくたちが代表で買いに行ったプレゼントです。」
「重かったんだぜ。」
「佐為ちゃんの騒ぎで忘れたんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたわ。」
桜野まで騒ぎを知っているということは全員に知れているということだろう
さすがに塔矢アキラと進藤ヒカルは赤面するばかりだった。
パーティは飲めや歌えやの大騒ぎになった。
「いしゅみしゃ〜ん、にょんでますか〜?」
呂律のまわってない和谷は、すでに酒瓶を抱えて寝ている。
塔矢と進藤は佐為を連れて遊びに行く先が
ディズニーランドがいいかサンリオピューロランドがいいかで言い争っている。
そして、未成年者を除く半数以上は酔い潰れて寝ている。
「まるで、お花見だな。」
思わず伊角がもらすと、横から小さな手が差し出された。
「佐為もプレレントでちゅ。」
ハラハラと伊角の手の上に降ってきたのは白い花びらだった。
見ると佐為も薄汚れて毛羽立った耳の先が黒い黄色のうさぎのような大きな人形を
上下逆さに抱っこして半分眠ているように目蓋がくっつきかけている。
「優しいお花でちゅ。」
「えっ?」
「う…んと、桜のお花散っちゃって、みんなが寂しいときに咲いてくれるんでちゅ」
「あぁ…そうだね。遅咲きもいいものだね。」
「だから優しいお花でちゅ。」
佐為はこしこしとぬいぐるみに頬ずりして、眠そうに顔をうずめてしまった。
「散るさくら来る春もまた花ひらく 別れもいつか巡り会うべし」
佐為の声なのに子供の声ではなかった。
伊角が慌てて佐為を抱き起こすと、すっかり寝入っている。
今日、伊角は心に確かなプレゼントを沢山もらったことを感じた。
H15
.4/8End
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伊角さん、お誕生日おめでとう創作なので
一連のお話とは繋がりがないのですが設定は同一です♪
伊角さんとヤマザクラって似合うかなと思って書きました。
でも思い入れは深いです。
御誕生日創作なのに無理やり伊角さんのおじいちゃん亡くなってて
不幸設定にしておきながら
私も父親が死んで、まだ4ヶ月ほどですから
泣きながら書いた部分もあったりします。
和歌は、つっこまないでください
(///;)記憶があやふやですが、確かこんな和歌があったと思うんですよ
でも意味は作品の都合に合わせて変えてます
(^-^;)自分としては
「散る桜も来年になればまた咲くのだから
別れた人とも時の果てに巡り会えるべきでしょう」
といった意味のつもりです。違うぞ・ヘンだぞということが
おわかりの方は御教えください
<(__)>ところで伊角って、すっごく曰くありげな名前だと思うのですが
どういう由来なんでしょうね?
どなたか御存知なら教えて下さいませ。
兵庫県美方郡温泉町伊角という地名しか私は伊角関係の調べものは
たどり着かなかったんです。でも、絶対由緒ありそうですよね?
しかし棋院で酒盛りは、さすがに許可されないだろうと思うけど
伊角さんの誕生日なので許して…なんて
(^-^;)ちなみにディズニーランドとサンリオピューロランドですが
どちらも佐為ちゃんのツボではありません。
お話の中にヒントがあるんですがおわかりになられる方は
いらっしゃいますでしょうかしら?
(^-^;)