平成幻想異聞録2
水色真珠
「私が蘇ったのは千年にわたる呪い
(まじない)のおかげです。私はヒカルの前から消えた後、薄明界というところにいました。
あの世と現世の間のような場所です。
そこにいたのは大君と安部晴明様でした。
大君は私が入水した後、菅原顕忠をとり立てられましたが
指南を受けるうち、また人柄に触れるうちに自らの判断を悔いるようになられ
また陰陽師の呪いで事実を知って、晴明様を筆頭とした力ある陰陽師全員に
死人返りの呪いを命じたんだそうです。
人の理を超えた呪いですから陰陽師達が能力の全てを使い果たし
晴明様に至っては無理がたたり2年後には亡くなってしまわれたほど
大掛かりなものでしたが、それでも足りなくて、
さらなる力を集めるために本来の目的を隠した祭りが行われるように取り計らわれ
いつしか祭りの本来の意味を伝える者がいなくなっても
現在にいたるまで連綿と続いて行われてきました。
効果が現れるまで千年必要でした。
そして今年が千年目だったのだそうです。
大君や晴明様と話をして私の魂が薄明界から現世に戻ったとき
体は再生し終わっていて気が付いたら御所の横に立っていました。」
ヒカルはアゴが外れるんじゃないかと思うくらいアングリと口をあけ
呆れ果てていた。
「気が長いっていうか…、幽霊に憑かれていたオレが言うのもなんだけど
よく、そんな非科学的なこと出来たなぁ…」
「大君の力は絶大ですから…。でも私なんかのためにお力を尽くして下さったことを
思うと有難いやら恐れ入るやらで平伏しっぱなしでしたよ。
それに私のために陰陽師の力を使い果たしてしまったばかりに
今の世に陰陽師がいないのかと思うと恐ろしいくらいです。」
ヒカルはうるうると泣く佐為を見やって思いついたように言う。
「…で、なんで、お前チビなの?」
佐為がムッとした顔でにらむ。
「ヒカルと少ししか変わらないじゃないですか!…って、だから私は平安人なんですよ。
あの頃は食事情が悪くて、みな今より背は低かったんです。
私くらいあれば高すぎて鬼と間違われかねないくらいなんです。
ヒカルと一緒にいた頃に背が高かったのは霊魂だけだったので
霊格の高いぶん大きかったんですよ。」
ちょっと自慢げな佐為の様子も目に入らないヒカルは考え込みながら聞く。
「じゃあ、今のメシを食えば高くなんのか?」
読めないヒカルの問いにピクリと佐為がたじろぐ。
「さ…さあ…たぶん、そうなんじゃないですか。
だいたい虎次郎のころからしたって今は食べる物が豊富ですし違いますし
背丈もすっごく伸びていますからね。」
ふ〜ん、といいながらヒカルは佐為の回りをまわりながら
ジロジロと眺める。
「どうかしたんですか?」
佐為が問うとヒカルはニンマリと笑った。よからぬことを考えている時の笑い方だった。
「言い分けが決まったぜ!」うんうんと一人で頷く。
佐為は恐る恐る訊ねた。
「どういう風にですか?」
「お前は本当のことを言ってればいい。」
佐為が目を点にして疑問顔をしているとヒカルはクツクツと笑った。
「オレも子供だったからさ。お前の言ったことを信じて幽霊だと思って隠してた。
でも、いいかげん中学生になってヘンだと思い始めた時に、お前は行方不明になった。
本当に幽霊だったのかと焦るオレは探し回ったり凹んだりしましたとさ。」
佐為が呆然としている。
「それって…言い分けなんですか?」
「ハタから見れば何かの事件に巻き込まれて記憶のおかしい子供と
信じちゃった子供。責められることはないだろ?」
クキッと首をかしげる佐為。
「はぁ?私、20歳こえてますよ…」
「だから、未成年ってことにすんだよ!
面倒くさいから同じ歳くらいってことにするか…」
かってにウンウン頷くヒカル。
「だいたい、お前ぜったい成人にみえねぇって!」
少々、気分を害したのか佐為は袖で頬を膨らませた顔を隠すと
プイと横を向いてしまった。
「身長だけで年齢なんて決まらないでしょ!
年齢にみあった落ち着きとか風格がありますからね。」
「ねぇじゃん、お前。碁打ってる時以外では、ワガママだし子供だし。」
ヒカルの鋭い突っ込みに佐為は思わず泣き崩れた。
「ひ…ひどいです!ヒカルは、私のことをそんな風に思っていたんですね!」
「うん。」
そっけなさに非情な事実が込められている。
「成人なら責任とか義務とかいろいろ面倒なことになるだろうけど
未成年ならなんとかなるからさ。がまんがまん。」
ぽんぽんと佐為の頭をたたいて慰めるとヒカルは机の上に置かれたメモを手にとった。
「さ〜て、ここまで決まりゃあ塔矢たちの出番だ。」
「え?なんでです?」佐為が詰め寄る中
ヒカルは電話で、これから会う約束を取り付けた。
「未成年者には保護者、つまり成人の後見人が必要なんだよ。塔矢の親父なら
どんなに怪しい話でも、絶対お前のことなら一もニもなくOKだぜ!」
確信犯的な笑いのヒカルに佐為は溜め息をもらす。
「あの者に借りを作るのは気が進みませんが致し方ないんですね…」
「保護者さえいれば、戸籍がなくったって、ここに現にいるんだから
いないことにはできないし施設に入れられないで何とかなるさ。」
ヒカルは先日の新聞で不法就労でどこから来た誰かわからぬ両親が長い滞在中に
事故で死亡してしまい子供が日本人として戸籍に登録された話を思い出していた。
ちと、育ちすぎてるけどなんとかなるだろう。
かなりアバウトなヒカルの作戦だったが、緻密でないがゆえにあたった。
塔矢親子に会う前に件の記事の載っている週刊誌を買って
さりげなく机の上に置いておいたヒカルが子供ゆえに
幽霊の存在を信じきっていたことを話すと呆れ顔をされたが
週刊誌の題字が色々な想像力をかき立て、
そんなこともありえるかも感を後押ししてくれた。
子供だったからと、この時とばかり子供を強調して話すヒカルに
塔矢行洋は優しかった。佐為の後見人も2つ返事で引き受けてくれた。
警官も週刊誌の題字が見えるように業とらしく手にもちながら言いくるめた。
世間の見解は何かの事情で戸籍にも載せてもらえぬまま育った
親に死に別れた可哀想な子が妄想に逃げることによって精神的な防衛を計った。
ヒカルは子供ゆえに妄想と現実が区別できずに巻き込まれたこととなった。
さらに精神防衛のための妄想を話す子供が、どうやって暮らしてきたのか
なぜ京都へ来たのかはもちろん、二人がどこで知り合い交流していたのかも
追求する者はいなかった。
まさにヒカルの思うツボにはまったのだ。
後ろめたい想いで佐為が一生懸命に話せば話すほど同情を呼んで
手続きはスムーズに行われ、佐為は後見人を塔矢行洋とした
新しい戸籍に藤原佐為として登録された。
ただ子供を強調しすぎたせいだろか、佐為の身長のせいだろうか、
医者の見解はヒカルと同じくらいの年齢だろうということになり
本当に5月5日生まれ16歳と記載されてしまい
佐為のプライドをいたく傷つけることとなった。
だが、もはや天下の大通りを大手を振って歩ける。
プロ試験を受けることも出来る、本人以外には瑣末なことといえよう。
旅行中の塔矢親子に合流して旅館の部屋でヒカルと二人になると
佐為は溜め息をついてへたり込んだ。
「なんだか、うまくいきすぎて怖いですね。」
ヒカルは塔矢から借りた詰め碁の本を見ながら幸せそうに笑った。
「きっと碁の神様が味方してくれたんだぜ。」
佐為の棋力を思うと、そう思わずにいられない。
ハッとして二人は顔を見合わせた。
「ねぇ、ねぇ、ヒカル〜打ちましょうよ〜」
袖口を擦り合わせての佐為のおねだりにヒカルは、いつもバッグに入れていた
マグネット碁盤を取り出した。
「よろしくおねがいします。」
頭を下げると幸福感に、どちらからともなく笑いがこぼれた。
あの日の続きが始まった。
「あ…ありません…って、お前また強くなってないか?」
唖然としたヒカルに佐為はさらっと笑ってみせる。
「薄明界で虎次郎や以降の名のある棋士達と沢山打ちましたし、
現世に戻ってからも検非違使の者に手に入る限り棋譜や『びでお』とやらを
見せて頂いて研究しました。常に精進は怠っていませんからね。」
「検非違使って警官か?お前…そんなワガママ言ってたのか?」
佐為は憤懣やるかたないといった風情で口を尖らせた。
「だってヒカルに会いたいって言っているのに聞いてくれないんですから
それぐらいしてもらわないと!」
ぷくぷく怒る佐為に呆れながらもヒカルは再会出来た喜びを深く噛み締めた。
ドアが軽くノックされて塔矢が顔をのぞかせる。
「ちょっといいかい、藤原さん・進藤。」
そこはかとなく佐為の方を立てた物言いは気に障ったが
機嫌がいいので聞き流して招き入れる。
「なんだよ?メシはまだだろう?」
塔矢はチラリとマグネット碁盤に目をやると、そこに描かれた美しさに目を細めた。
「さすがですね。美しい一局だ。」
「お前も佐為と打つか?」
飛びついてくるだろうと思っていたが塔矢はゆるく首をふる。
「明日には帰るといても着替えがないと困るだろうと思って
着替えを持ってきたんだよ。」
ヒカルはピクリと引きつった。現代の洋服を着た佐為って
かなり奇妙なんじゃないか?そんな心配を他所に取り出されたのは着物だった。
「すいません。せっかくのご旅行を邪魔した上に御世話になりっぱなしで…」
縮こまる佐為に塔矢は柔らかく微笑んだ。
「とんでもありません。父の誕生日プレゼントにと思って計画した旅行ですが
貴方と出会えるなんて計画以上に父を喜ばせることが出来ましたよ。」
なんとなくわかる気がして笑いがこぼれた。
「本当なら帰宅した足で中国へ行く予定だったんですが
さっき一週間ほど行けないと断りの電話を入れていましたよ。」
「私も出来るだけ沢山お手合わせ願いたいです。」
佐為が嬉しそうに言うと塔矢はうなづいた。
「明日の朝にでも一局お願いしたいと父も言っていました。思いは同じですね。」
ヒカルは割り込むように顔を出すと塔矢に言った。
「そっかぁ、じゃあ、その時オレ達も打とうぜ!」
その一言に、ふと気が付いたように塔矢は呟いた。
「そういえば、昔の君が強かった理由を聞いてないな。」
「だ〜か〜ら〜アレは私。私が打っていたんですよ。」
佐為が意気込んで話すと塔矢はなだめるように頷きながら
ヒカルの方に目を向ける。
佐為に向けるのとは違う鋭い目線にヒカルは強い執念を感じ舌を捲いた。
「実はな…知り合いの兄ちゃんが電気機器の開発をしている人でさ。
開発中の動画で話せるケイタイを服の下に入れてたんだよ。
それで佐為に碁盤の画像を送って、佐為からの答えは耳の後に貼り付けた
小型のイヤホンに無線で飛ばして受け取っていたんだ。」
必死に言い分けをするヒカルを塔矢は黙って見つめる。
「ほら!だから最初に打つのが遅いって言っただろう?」
なんとか言いくるめようと必死なヒカルの横で佐為は佐為でわめく。
「私は霊魂だけで碁石が持てませんから、
ヒカルに指示して次の一手を指し示していたんですよ〜!」
塔矢は肩を落として溜め息をついた。
「わかった、もういいよ。まさかケイタイだったなんてね。
でも疑問は解けた。」
とりあえず、胡散臭くてもより現実味のありそうな方を塔矢は受け入れた。
ヒカルは恐る恐る言った。
「だから…お前がライバルだと思っていたのはオレじゃなくて佐為なんだぜ。」
塔矢はキッとヒカルを睨んだ。
「ライバルは君だ!他の誰でもない!そして藤原さんは目指す高みだ。」
ヒカルは安堵して塔矢を見た。
まぎれもなく自分に向けられる眼差し。
それが自分に向けられたものではないと嘆くことは本当にもうないのだ。
折りよく仲居が食事の時間を告げに来た。
食事は塔矢親子と一緒に取ることになっていたので隣の部屋へ移動する。
ドカドカと無遠慮に部屋に入ろうとするヒカルを佐為は入り口に正座させると
自分も居住まいを正して頭を下げた。
「お誕生日おめでとうございます。
この大事な日に見ず知らずの私などのために、ご尽力頂き真に痛み入ります。
この大恩、いかようにしてもお返しする所存ですので不肖私の至りますことがあれば
どうぞお使い頂きたく思います。」
こういう時は佐為の方が常識人以上に見える。
行洋は頭を下げた佐為の側によると片膝をついた。
「気にしないで欲しい。私は自分の利になるからしたまでのこと。
君と碁盤をはさんであいまみえることは私の切なる願いなのだ。
君が施設に入れられたり手続きが長引いたりで法律上のことで
もめれば私自身が困るのだ。」
アキラも微笑んで席へうながした。
「そうですよ。今回のことは父にとって、
この上ない誕生日プレゼントである出来事でしょう。」
すでに卓上には沢山の料理が並んでいた。
ヒカルはTVで見たことはあるが食べるのは
初めての豪華な料理の数々に目を丸くした。
佐為も今まで病院食ばかりで、初めて現代の
しかも豪華な食事に大喜びだった。
「大君の召し上がられるものより素晴らしいですね。」
きゃわきゃわとはしゃぐ佐為の妙な発言も
労わりに満ちた目でさりげなく聞き流される。
ヒカルは、佐為が一生このまま碁以外では変人に
見られることになってしまわないように、
折を見て正してやろうと心に誓った。
旅館の食事は古式豊かな日本食とはいえ佐為には初めての味付け
初めての感触でひとつひとつに大げさに感心しながらも
作法は知っているので無作法はない。
ところがヒカルは作法もへったくれも知らずにガツガツ食べるので
見苦しいことこの上ない、佐為は袖でそっと目元を押さえると
タイトルを取る前に碁だけでなく作法も教えようと心に誓った。
それぞれ食事が終わり疲れを取るためにも早めに休むことになり
佐為とヒカルは部屋に戻った。
風呂は各部屋に露天風呂と内風呂がついていた。
ヒカルは大喜びで露天風呂に飛び込んだが
佐為は風呂を見て固まってしまった。
「やっぱり着物を脱いで入るんですよね?」
眉を寄せて困惑顔の佐為をヒカルは怪訝そうにうかがう。
「あったりまえだろう?どうしたんだよ?気持ちいいぞ!」
「だって〜虎次郎やヒカルを見ていますから頭ではわかっているんですが
平安時代は、そんな習慣ありませんでしたから…」
真っ赤になってわたわたする佐為。
しばらく考えた後、ヒカルは頭をかいて内風呂を指さした。
「一人なら着物を脱いで入れるだろう?」
佐為は考え込んだ後しぶしぶ内風呂に向かった。
…が、今度はヒカルがあがっても出てこない。
(
のぼせてるんじゃないのか?)いいかげん心配になって声をかける。
「おーい!佐為。大丈夫か?」
覗き込むと佐為は湯船につかってご機嫌だった。
「ヒカル〜お風呂って気持ちいいですね〜」
色白の肌が、ほんのり染まっている。
「いいかげん出ろよ。もう寝るぞ。」
呆れて言い捨てると、ようやく佐為はほこほこと風呂から出てきた。
気持ちのいいサラサラしたシーツがかけられた布団の間を抜けて
ベランダにでる。
「いい風ですね。」
嬉しそうに目を細める佐為。
「千年ぶりに風の気持ちよさを感じました。」
ヒカルは胸がチクリと痛んだ。
「なぁ…、色んなとこ行こうぜ。海水浴とか山登りとか…
今の服も着てみろよ、妙じゃないやつもあるかもしれないし。
古臭い日本食だけじゃなくてタコヤキとかハンバーガーとか
そうだ!ラーメン!ラーメン食べに行こうぜ!絶対おいしい店あるんだぜ!
他にも行きたいとことかあるか?オレ、手合い料の使い道ないから
けっこう持ってんだ。ここは塔矢元名人に出してもらっちゃったけど
かなり贅沢しても大丈夫だぜ!」
胸を張るヒカルに佐為は少し戸惑った困り顔をした。
「でも私は何も持っていませんから返せませんよ。」
ヒカルはケラケラと笑った。
「プロになってタイトルとれば、お前の方が金持ちになるぜ。
そしたら今度は奢ってもらうから、それでチャラさ。」
「そんな簡単にいきますかね?」
くりっと首をかしげた佐為にヒカルは枕を叩いて大笑いする。
「いくに決まってんだろう。今年の外来予選は8月から、本選は
11月。来年はプロ棋士だぜ!」
明るい希望を抱いて二人は眠りについた。
H
.15 7/24END
あとがき
能天気路線まっしぐらです♪このまま
gogoです〜♪