聖地超A級機密  真珠

それは最初から何かの罠と策謀を匂わせる出来事から始まった。

たとえば、突然聖地の気温が異常に上昇したり

メインコンピューターが作動しなくなったり

火山などないのに水の守護聖の私邸の庭から湯が沸き出したり

聖地中の電気系統を統括する施設がダウンしたり…

人心は戸惑い、炎の守護聖がファイヤーと叫ぶと本当に口から火が出た、

鋼の守護聖の作った原子炉が暴走した、地の守護聖の本の山が火事になった

等など有らぬ噂が乱れ飛んだ。

 

急遽、守護聖会議が行われることとなった。

「原因は不明だ…。」ジュリアスの眉間のシワが、いつになく多い。

「陛下は、あちらこちらからの報告で対応に追われている。

今のところは女王のサクリアで封じられておられるが

原因がわからないことには、あちらを押さえても

また別の所で異常が起こるという状況らしい。」

ルヴァがのんびりと立ちあがった。

しかし付き合いの長い面々は、その動作に緊張の色を濃くする。

ルヴァの立ち上がり方が、いつもより0.2秒も速い…ということは

かなり重大な状況だと察せられるからだ。

「あ〜そうですね〜色々な状況からすると未知の力からの

攻撃かもしれませんね〜。」

一同がざわめいた。

まだラ・ガとの戦いの記憶も新しい。

不安感が募りつづける…。

 

そして一月が過ぎた。

人間とは勝手なもので、あちらこちらで異常が起きても

女王のサクリアで防がれて我が身には何事もなく一月も過ぎてしまうとなれてくる。

「まぁ…たかだか、いつもより10度ばっか気温が高いだけだからよ〜

夏だと思えばいいんじゃねぇか?」

黒いサングラスのゼフェルは、まるで暴走族さながら。

対するマルセルも麦わら帽子に手ぬぐいを首から下げて

おおよそ守護聖らしからぬ格好だが表情は明るい。

「うん、温室じゃないのに熱帯のお花が咲くんだよ。

でも、いつものお花を温室…ううん、冷室に移さなくっちゃ。」

ロッククライミングの装備を抱えてランディが通りかかる。

「これから登りに行くんだ。今日こそ踏破するぞ。」

そう…年少組にとっては、今や聖地はバカンスの地だった。

お小言をとばすジュリアスは幼少時から聖地の気候に慣れきっていたがために

夏バテ状態で動けないのだった。

「あ〜あまりハメをはずしてはいけませんよ〜。」

微笑むルヴァも砂漠育ちでノープロブレムだった。

 

その頃、中堅組は聖殿の一室に集まっていた。

溶けかけたオリヴィエが机につっぷし

炎と水の守護聖は長テーブルの端に遠く離れて座りながら難しい表情をしていた。

「あ〜も〜あつい〜あついってば〜あんた達よくヘーゼンとしてるわね〜。」

オリヴィエの文句とも呻き声ともつかない言葉に思わず難しい表情がほぐれる。

「私の生まれた星は一年中温暖な気候でしたから…

オリヴィエ…ご無理でしたら休んでいらして下さい。

あなたまで体を壊しては悲しいですからね。」

いつも通りの涼やかさと穏やかさは微塵も崩れないリュミエールと

対照的なのはオスカーだった。

「ふ…たるんでるから、そういうことなんだ。

俺は暑ければ暑いほど燃える…炎の男だからな。」

なにやら、イヤにはりきっている。

ある意味、暑さにやられているらしいが体力がある分だけ元気らしい。

オリヴィエは卓上をはいずるようにしてリュミエールにくっついた。

「あ〜暑苦しい…あんたは勝手にファイヤーしてなよ。

は〜リュミちゃんにくっついてると涼しい気がするよ。」

体温はあるのだから、そんなわけないのだが気分かもしれない。

「ふん、そうか。リュミエールに荷担するって言うんだな?」

オスカーの顔が険しくなる。

「そんなことをオリヴィエは言っていないと思いますが…?

それに私はジュリアス様をないがしろにした覚えはありませんが…」

すでにリュミエールに貼りついてオプションと化したオリヴィエがつっこむ。

「そーよ〜リュミちゃんはクラヴィスとジュリアスの夏バテを

何とかできないかって言ってるのに、クラヴィスはほおっておいても実害ないなんて

言ってるのは、あんたじゃない。」

暑苦しく貼りつかれてもイヤな顔もせずにリュミエールはオリヴィエに微笑みかける。

「オリヴィエ、あなたのことも心配なのです。

こんなに、お辛いようでしたらお呼びしませんでしたのに・・・」

暑さにやられて、すっかりハイになっている様子のオスカーが笑い転げる。

「そいつは大丈夫だ。目だけは物好きパワーが溢れてギラギラしてやがるぜ。」

そう…ジュリアスと、そしていつも通り外に出てこないので目立たないがクラヴィスは

目まで死んだ魚状態なのだった。

「お黙り!この私の美しい目をギラギラですって〜せめてキラキラとか言えないの!」

「フン…俺の全ては世の女性のためにあるんだ。野郎に使う誉め言葉はない!。

だいたい目をキラキラさせた野郎なんて薄気味悪いぜ。」

なおも言い募ろうとするオスカーをオリヴィエが手で制した。

オスカーを黙らせるとオリヴィエは先ほどから貼りついていたリュミエールに

さらに貼りつくとクンクンとにおいをかぎだした。

「ね〜リュミちゃん、何かつけてる?」

水の守護聖が香水などつけるわけないのだがオリヴィエの嗅覚は

常にない香りをとらえていた。

くすぐったがるリュミエールを押さえつけて胸元や

髪をかきあげ耳やうなじまで嗅いでようやく手を離した。

「う〜ん、リュミちゃんのお肌って相変わらずうらやましいくらいスベスベね〜

透明感があって抜けるように白くて、この暑さでも日焼けしていないわね〜♪

じゃなくて…温泉の匂いがするわよ〜温泉入った?」

リュミエールは白鳥より優美な首をふってから、小さく声をあげた。

「入りませんけど、この異変で庭の池がお湯になって変わった香りがいたします。」

オリヴィエの目が今度は本当に光った。

「それ温泉なんじゃない?温泉って夏バテにも良いらしいわよ〜♪」

「本当か?極楽鳥?!」

「だって温泉といえば疲労回復でしょ〜が」

しかしリュミエールは悲しそうにうつむいた。

「そうなのですか…しかし庭の池ですので深さは30センチほどしかありません。

とてもお風呂の代わりにはなりませんでしょう。」

オリヴィエはうつむいてしまったリュミエールの背後から

どんな芸術家でも描けないような優美な曲線の肩に抱きついた。

「あのね〜温泉の効能が染み込むように長湯した方が良いでしょ。

長湯するにはのぼせないように、お湯は浅くてよいんだよん♪」

オスカーとリュミエールの顔が明るくなった。

「よし!じゃあ、さっそくジュリアス様を…とクラヴィス様を連れて行こうぜ。」

「えぇ…オリヴィエも参りましょう。」

中堅組は動き出した。

 

白いまぐろと黒いまぐろのような光と闇の守護聖は

中堅組に連れられてリュミエールの私邸にやって来た。

高い木立の中で直接太陽の光が当たらず柔らかな影の中にあり

白い水龍のオブジェが縁取る池は、中央に本人だけは気がついていないが

明らかにリュミエールの姿をした白い天使像が優美に微笑み美しい水滴の奏でる音楽に包まれていた。

「ほん…のだ…な…」

ジュリアスは這いずるように池もとい温泉に入った。

なんとはなしにいつもの眩いばかりの輝きがない金色の髪が青ざめた顔の額に痛々しくはり付いている。

普段は無駄のない身のこなしも疲労の色にそまっている。

「本当に効くのだろうな、とおっしゃってるぞ大丈夫だろうな?」

オスカーがオリヴィエに聞くとオリヴィエは呆れて笑い出した。

「よくなんて言ってるかわかるわね〜あ〜可笑しい〜」

「クラヴィス様は私には関係ないことだとおっしゃっています。

お気に召さないのでしょうか?」

オロオロとしたリュミエールの言葉にオスカーとオリヴィエは笑いを忘れてひきつった。

なぜならクラヴィスは、まったくの無表情で湯につかっても口も開いていないからだった。

艶やかな黒髪が頬に悲壮な影をつくり結ばれた薄い唇が心なしか青ざめてみえるようだ。

そして、ほとんど一月眠っていないのだろう…肌に艶がなくジュリアスどうよう紙のように白かった。

リュミエールとオスカーでなくとも心配になるのは当然な状態だった。

2人を温泉に入れてしまうとヒマになった中堅組も、ただ見てるのも…ということで

温泉に入ってみることにした。

「うぅ…何が悲しくて男ばかりで温泉に…」意気消沈して沈んで行きそうなオスカーを

既に元気になってルンルンとお肌の手入れをしだしたオリヴィエがちゃかす。

「じゃあ、女の子連れてくる?ジュリアスの前で口説いてみたら〜?」

オスカーが真っ青になってプルプルと首をふっていると

髪をあげたリュミエールも温泉に入ってきた。

「きゃ〜リュミちゃん♪うなじもキレイだけど脚もキレイね〜生アシ出しなよ〜

リュミちゃんのお肌ってどこも抜けるような透明感と白さと艶なのね〜♪

今度、陛下が衣装決める時に進言してあげるわよ〜

鎖骨と脚はだそうよ〜♪きゃ〜キレイなつま先〜ペディキュアしてもいい〜?

キレイにやってあげるわよ〜♪」

「よせ!」リュミエールの足を持ち上げて大騒ぎのオリヴィエをオスカーがにらみつける。

「これ以上、極楽鳥が増えたらジュリアス様の眉間のシワも増えるぞ。」

だが、これは失言だった。声こそ出ないが厳しいジュリアスの視線がオスカーをとらえ

こめかみには怒りジワが浮かんでいた。

慌ててオスカーが謝るが声が出ない分怒りは蓄積されたままらしく怖い表情は変わらない。

「フ…」クラヴィスの笑いがもれた。

慌ててリュミエールがたしなめる。

「いけません、クラヴィス様。そんなことをおっしゃってはジュリアス様がお可哀想です。」

「な…のだ」

「なんといったのだ、とジュリアス様がおっしゃっているぞ?」

「あの…すぐにのぼせるクセに最初から頭に血をのぼらせていてどうする、と…。

ジュリアス様のお体を気遣ってのことなのです。ど…どうかお怒りになられずに…。」

オロオロしながらリュミエールが通訳する。

「お…こん…い。」

「お前のような根性のない人間より早くのぼせるなどありえない、そうだ。

で…でもジュリアス様、無理は体に良くないです…」

みなまで言わぬうちにジュリアスの目がオスカーを黙らせた。

「ククッ」再びクラヴィスが笑った。

もはやリュミエールは青ざめて通訳をしようとしない。

絶対零度の気まずさの中でジュリアスは怒り狂いクラヴィスは無視し

この凄まじい対立と意地の張り合いの中で出ることはかなわずに

中堅組は暖かい温泉の中で凍り付いていた。

もっとも、ジュリアスもクラヴィスも動けないがゆえに静かで事の成り行きを

見ていないかぎり状況を知るのは困難であった。

であるから、ごく陽気に年少組+ルヴァがやってきたのも当然だったのかもしれない。

「あ〜温泉ですか〜風流ですね〜」

間延びしたルヴァとは正反対に年少組はせわしない。

「あ〜ノドかわいたな〜踏破したはいいけど水筒とリュック落としちゃいましたよ。」

「僕もお花の植え替えでヘトヘト。」

「ケッ、だらしねぇなあ。でもよ、ここの水は美味いから飲んでやってもいいぜ。」

「は〜そうですね〜お水が良くないとお茶も美味しくないんですよ〜うんうん。」

水の守護聖の私邸をジューススタンドか何かと勘違いしていそうな面々だが

いつものことなのだろう、リュミエールは場の雰囲気を変える為にも

ニッコリ微笑んで温泉から立ちあがった。

「そうですね。お茶にいたしましょうか。」

だが本人的には特急でやったにしても、トロイ…もとい行動する早さが穏やかな

リュミエールが身支度を整えてお茶を運んできた時には温泉に声をかけてもすでに返事がない。

「あ〜のぼせてしまっているようですね〜うんうん。温泉も奥が深いですね〜」

ルヴァの言葉通り温泉の中の面々は、ユデダコよろしく真っ赤で目を回していた。

いくら長くつかっていても大丈夫なように浅いといっても限度はあったのだ。

慌てたリュミエールの手から滑り落ちた茶器をランディが受け止めるのと

リュミエールが湯あたりをした4人を一気に抱え上げて

王立病院にダッシュしたのは、ほぼ同時だった。

「相変わらず、スゴイ力だね〜。」

「いや、速度もスゴイぞ!マルセル。」

「あ〜リュミエールほど極端に火事場の馬鹿力が

発揮されるケースはないでしょうね〜うんうん。」

「普段は、どう頑張っても非力なのに…ヘンなヤツ。」

「あ〜他人を思う気持ちの強さでしょうね〜うんうん。」

ほのぼのとした4人のもとに空から白いタオルが4枚降ってきた。

「あ…これ!4人が腰にまいていたタオルですね。ハハハッ。」

爽やかに笑うランディの頭に何故か総計3人分の拳が降った。

「あ〜笑い事じゃないですよ〜走ってるうちに取れたんですよ〜きっと」

「げ〜考えたくねェぜ。」

「でも…ほら、あそこに自信を喪失しまくったようないじけた男の人と

うっとりした表情で赤い顔の女の人が…あ…あっちにも、向こうにもいますよ。」

しかし今更追いつけるわけもなく4人は人々に口止めしに回るしかなかった。

 

その晩のこと女王の居室では、意外にもにぎやかな笑い声がおきていた。

「模擬演習とはいえ随分被害が出ませんでしたか?」

「ううん、聖地の弱い部分がよくわかったわ、ありがとうコレット。」

「それにしても皆様に内緒というのは後で説明がたいへんですわ、陛下。」

「ロザリア様、演習でーすって言ってやっても意味ないじゃないですか。」

「そうよ〜レイチェルの言うとおりよ。ロザリア。」

「そうですわね。思わぬ楽しみもございましたし」

ロザリアの言葉に少女達は一斉にはしゃぎだす。

「ね〜ね〜皆様けっこう逞しいわね〜♪オスカー様に負けてないわ〜♪」

「ま、陛下。はしたないですわ。本来演習中の記録として撮っておいたビデオなのですからね。」

「や〜ん、見て見て!レイチェル。このシーンってばモロだわ〜♪」

「ここでタオルが飛んだのね〜。そうだ!スケールで計っちゃおうか?天才レイチェルにお任せよ。

それにしてもタオルが飛んだのにリュミエール様ってば全然気がついてないのね〜」

「あら?病院についてからも気がついていらっしゃいませんでしたわ。」

「普段は細かく気配りなさるのにね…。そんなところもス・テ・キ…♪

と…そうだわ、このビデオはダビングしてしっかり保存しておきましょう。」

「はい、陛下。」

なおも食い入るようにビデオを見つめる少女達の前に巻き戻ったビデオがうつしたのは

温泉風景だった。

「きゃ〜ん、リュミエール様も入ってる〜♪お肌が桜色よ〜♪後れ毛の絡まった首すじが美しいわ〜♪」

「へ…陛下、おどき下さい。私も…。」

「あ〜オリヴィエ様。もう少し持ち上げて〜うわ〜脚細い〜長い〜しかもキレイ〜

なんで男の方なのにゴツゴツした感じが微塵もないのかしら〜

あぁ〜私、負けてるわ〜レイチェル〜。」

「ちょっと〜勝ってる人っているの〜?

それにしても…鎖骨が〜おへそが〜私、鼻血でそうだよ。」

「レイチェル、下品ですわ。私だって我慢致しておりますのよ。

あぁ…美しい瞳は閉じられて上気した頬に天使の翼のようなまつげの影が落ちても、

開かれて天界の至高のものを集めても足りない美しい色形を拝見しても、

言葉にはすることなど出来ない美しさですわ。」

「決まりね。これは超A級機密の完全保存版よ♪」

「はい、陛下。」

「あの〜うちの宇宙にも分けてくださいね〜♪」

「宝物庫がカラだから台座作って保存しちゃおうよ〜♪」

「きっと助けを求めてきた未来の女王も喜ぶでしょうね〜♪」

一般的には何でこんな人達に助けを求めてしまったんだろうと後悔する確率の方が

高いような気がするのに、どこまでもおめでたい女王達と補佐官達でありました。

でも未来の女王は、その末なのだから

やっぱり喜ぶのかもしれませんね〜♪。

 

終わり

 

**** 水鳴琴の庭 闇の弦 ****