堕神の宇宙−3
水色真珠「支えた力」
遺跡のひとつの上につくとオスカーとリュミエールは思わず声を漏らした。
「これは…軍の施設だな…。」
「えぇ、あの紋章がここの女王陛下の紋章なのでしょう。」
アンジェリークは頷いた。
「はい、ここから持ち出した武器や技術がシールクスの軍にも使われています。
ですから、この星でシールクスは最強なのです。」
「他にも、いくつか遺跡があるだろうけれど、その中央に大きな遺跡が無いか?」
オスカーの問いアンジェリークが頷いた。
「はい、あります。でも、そこは誰も入ることの出来ない不思議な力が働いていて…」
「確かに書物なんかより行動だな。いきなり大当たりだったわけか。
案内してくれ、アンジェリーク。たぶん、そこに答えがある。」
フェミニストのオスカーが言葉を遮るなど稀なことだ。
緊迫した空気が上空の冷気より肌をさした。
枯れはて剥き出しになった緑の無い地面が割れていくつも大きな口をあけている。
怪物達の顎門のような大地も空も赤茶けた場所に巨大な建造物が建っていた。
元は半透明で乳白色であっただろう半球の頂点が割れて、血まみれたような色に染まって
内部のうかがえない建物の上空に来た三人は見下ろしたまま止まった。
「アンジェリークは、外へ置いていきましょう。」
「珍しく意見が一致したな。っていうか俺はお前も置いていきたいんだが。」
リュミエールが悲しげに顔を曇らせた。
「私は足手まといにはなりません。冗談を言っている場合ではないと思いますが…。」
オスカーがしかめっ面で返す。
「わかってる!ちょっとした軽口だろう。いちいち真に受けるな。まったく扱い難いヤツだぜ。」
アンジェリークには二人の話は不満だった。
この細く優美な神が入れるのに腕には覚えのある自分が入れないなんて納得出来ないことだった。
「置いて行かないで下さい。
外は
15メートルもある吸血砂虫が沢山いて絶えず戦っていないとならないんです。」もちろんウソではない。
が、アンジェリークにとっては寝てても倒せるようなたわいも無い相手だ。
二人は困ったように顔を見合わせた。
「しかたない…コイツの側を離れるなよ。」
オスカーは剣を抜きながらアンジェリークを離しリュミエールに任せた。
頂上の穴から中に入ろうとすると不思議な力が押し返すと聞いていたが
まるで許可された者であるかのように二人と、一緒にいたアンジェリークは
中に降りていった。
内部には胸が痛くなるほどの腐臭と汚れきった空気、腐りきったねとねとする地面。
そこにゴツゴツとした岩のような植物が生え壊れた金属が散乱していた。
「あれが宮殿ですね。」
そう言って歩き出すリュミエールに従って歩く。
彼は全ての不浄を寄せ付けない。
アンジェリークとオスカーがねばつく地面に四苦八苦するのに
その長い衣の裾を少しも汚すことなく優美に歩いていく。
側にいると息も苦しくない。
後でオスカーの悪態が聞こえた。
「ちぇっ。涼しい顔しやがって、だからイヤなんだ…」
なんとなく二人の合わない理由がわかった気がした。
見上げるような宮殿の隅々まで禍々しく不浄な気が立ち込めていた。
「これが神聖な宮殿だったとはな・・・」
オスカーが溜め息混じりの感想をもらしながら扉に手をかけると扉は自ら開いた。
「サクリアに反応するのですね。
これだけ荒れ果てていながら、まだどこか生きているのですね。」
秀麗なリュミエールの顔は複雑な心境を表して曇っている。
それでも美しいのは、どういうことなんだろかと
こんな状況でありながらアンジェリークは密かに思わずにいられなかった。
内部に入ると向こうが見えないくらい広く高いホールに目が眩んだ。
だがリュミエールとオスカーは何かの目印があるように戸惑うことなく歩いていく。
「あの…どこに行くんですか?」
リュミエールがアンジェリークの戸惑いを感じ取って安心させるように微笑んだ。
「大丈夫です。安心してついて来てください。迷子になったりはしませんから。
…私たちにはサクリアという力があります。
この星にも微弱ながら、その力が発せられるところがあります。
その力は私たち自身のサクリアと引き合い、また反発し合うので
私たちにはどこから発せられているか感じ取れるのです。
その発生源に行けば、この星が今の状態になってしまった理由がわかるはずですから
ですから、その出所に向かっているのです。」
オスカーが急かすように立ち止まったアンジェリークとリュミエールを促す。
「早くしないと理由がわからなくなるかもしれないぜ。」
リュミエールも悲しい顔で頷いた。
やがて三人は崩れた無数の柱が立ち並ぶ場所を抜けて小さなホールにたどり着いた。
そこにはミイラのような老人が座り込んでいた。
リュミエールが身を遠ざけるようにホールから出ると
オスカーは膝をついて老人に手を差し伸ばした。
すると、老人は錆びた扉が軋むような呼吸音とともに幽かな身じろぎをした。
「あんたが、この宇宙の炎の守護聖だな?」
もう何も見えない聞こえない感じられないのだろう。
がらんどうになった眼窩、崩れた鼻腔、歯の無い口蓋の下の部分はなかった。
まさにミイラの状態で生きているのは信じられなかった。
オスカーは唇を噛み立ち上がると剣を掲げた。
その体から大きな力が発せられアンジェリークはよろめいた。
「その命に力を!今ひとたび立ち上がれ。
果たさねばならない志のため強き心で繋いだ命に使命を果たす強さを与える。」
アンジェリークは幻をみているようだった。
ミイラのような老人は立ち上がり姿を変えていった。
背筋がのび崩れた肉体が蘇ると、そこに立っていたのはオスカーと同じくらいの年恰好の青年だった。
「感謝する外つ国の守護聖。我が想いを遂げる時間をくれて。」
「いや、こっちの宇宙にも悪影響が出てるんで他人事じゃないんだ。
それより聞きたいことは山ほどある。」
オスカーの厳しい顔に同じ表情を返すと、彼は話始めた。
「わかっている。順番に話そう。
お察しのとおり、女王陛下も他の守護聖も皆死んだ。
オレだけが生き延びて強さだけで民の命を支えてきた…無理は承知だった。
だが少しでも長く支えれば無理がかかる分その無理に迷惑をこうむった
他の宇宙から助けが来る確率が増える。」
ニヤリとオスカーが笑った。
「まさに、そのとおりになったってわけか。イヤな野郎だぜ。」
相手は笑い返した。
「あんただって、そうするだろう?」
オスカーは意気投合した顔で肩を叩くとうなづいた。
アンジェリークは様子を眺めながらハラハラしていた。
自分のところにも神がいたのも驚きなら、助けに来てくれた神に
あんな口をきくのも驚きだし意気投合してしまうなんて…。
ふと見るとリュミエールは目を伏せていた。
長く繊細な睫が彩る美しい瞳が見えないのを惜しいと思いつつ
二人も苦手な炎の神が揃っているのを見るのは嫌なのかと思っていると
月のように繊細な輝きを帯びた白い肌を細かな輝きが滑った。
宝石より美しいそれが涙だと気がついてアンジェリークの心は波立った。
それを裏付けるかのようにオスカーの隣で、この宇宙の炎の守護聖は膝をついた。
「時間が終わる…。肝心なことをいっておかないとな…。
聖地が破壊されたのは発展しすぎた星の大規模な実験の失敗のためだ。
負のエネルギーを集めて良いことに有効利用するはずだったのに、
それが聖地に転送されてしまった。だが問題は、そのあとだった。
その星はもう十分発展したから女王や守護聖の力など、もういらない。
と聖地を復興することを拒み、ここを未開のまま捨て置き
オレが自由に宇宙を移動することも連絡することも出来ないようにして
新しく生まれた守護聖がいても連絡すらとれない状態だ。」
彼の体はボロボロと崩れていった。
「気をつけろ。
彼らは炎サクリアでより強さをまして力で、この宇宙のほとんどを支配している。
きっと行動を起こせば邪魔するだろう。
影のような兵器…キラードールが…。」
崩れた体は砂塵となり消えていった。
オスカーとリュミエールが頭を垂れ祈りを捧げるのにならって
アンジェリークも祈った。
自分の全てをかけて民を守ろうとしてくれた名も知らぬ神に。
「やれやれ、ついに出てきたか。キラードール。」
オスカーの溜め息混じりの言葉にリュミエールもうなづいた。
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水鳴琴の庭 ****