天河の調べ  水色真珠 

レイチェルに呼び出されて海辺の丘に来たのに当人は待てど暮らせど現れない、

女王である彼女だが今日やる執務は終わっていて急な執務が入るはずもない。

そんなものがあれば補佐官である私も呼び出されるはずだし。

いったいどうしたのだろうと思いながら行き違いをしたくなくて探しに行けない。

覚悟を決めて座り込むと、やがて日が暮れた。

辺りは顔の前に手を差し出しても指が見えないような暗闇に包まれた。

本当に急な執務なのかしら?呼び出されないのは、私がいなくても平気なのかもしれないわ。

普段の激務を考えれば噴出したくなる迷いも闇の中では不安ととも真実にさえ思えてくる。

月のない夜空を見上げると星の帯が優しく柔らかい光をまとって流れている。

まるでリュミエール様の衣のよう。取りすがって泣きたくなる。

だけど、それはかなわない。

次元回廊を使ってさえ遠く不安定なほどの隔たりなのだから。

涙が出るのは冷えた夜風のせい、私は泣いていない…泣いてはいけない。

堪えようとすればするほど溢れてくる涙と想いは

私の心を小さく押しつぶしていく。

 

「遅くなっちゃってゴメーン!色々と準備が…」

レイチェルの声に慌てて涙をぬぐうとニッコリ微笑んだ。

「準備?なにか執務があった?」心配になる。

「ううん。そうじゃなくって、向こうの女王陛下と七夕のお話してたの。」

「???」「後で話してあげる、アンジェは?」

「星を見ていたの…とっても綺麗よ、レイチェルも見て。」

レイチェルは暗闇の中を手探りで私の隣に来ると並んで腰を下ろした。

「綺麗だね…私達の宇宙だもん、あったりまえか♪」

「レイチェル頑張ったものね。私、本当にあなたってすごいなって思ったわ。」

「いまさら?なーんてね!。ワタシあなたがいなかったら、とっくにくじけちゃってたよ。」

レイチェルの声が泣いてる。

ここまでくるには、なすすべなく失ってしまった命や星も多い。

女王であるレイチェルは、その痛みを私より直接感じているはず。

その辛さを私は支えてあげられているのかしら?役に立っているのかしら?

「私でも役に立っている?」「もちろんよ!」間髪を入れない強い返事。

なんだか嬉しい…。

「アンジェリーク…泣いてるの?」少し戸惑ったようなレイチェルの声。

「ううん、大丈夫よ。まだまだ頑張らなくっちゃ♪」

 

その時、夜空から星のきらめきそのものが降ってきたような調べが降りてきた。

私がビックリしてレイチェルの手を握るとイタズラっぽい声が優しい笑い声とともにかえってくる。

「あぁ…宇宙に満ちるサクリアの音なんだ。

静かな夜の闇のなかだと聞こえるんだよ、こんなふうに。

あなた知らなかったでしょう?」

「それで、ここに私を呼んだの?」

目を閉じて調べに全てを委ねると、疲れも悲しみも消えていく。

「もうそろそろいい時間ね。あのねーアンジェリーク。

今日は七夕っていって、どっかの星のはなしじゃ天候が晴れで、

あの星の川を挟んで輝く恋人同士の星の織姫と彦星が川を渡って会うことが出来れば

皆の願い事をかなえてくれるんだって!」

「そう…。私の願いも?」心の中でかなうわけないと声がする。

レイチェルは私の額を軽く指先で突っついた。

「残念でした!あなたはかなえる方だよ。頑張ってよね、織姫様♪」

笑い声とともにレイチェルの気配は闇に溶けてしまった。

「どういうこと?」

あわてて後を追おうとしたけど濃い闇に足を取られて思うように進めない。

四苦八苦するうちに星の調べも消えて自分の高鳴る鼓動だけが

耳が痛くなるような静けさと私の心をかき乱す。

 

乱れた心ではクラヴィス様の安らぎは感じられず

ただ無我夢中で宮殿に向かった。

 

「ひどいわレイチェル!おいてけぼりなんて!」

ぶつかるように抱きついた宮殿の前の人影はレイチェルより大きかった…。

「アンジェリーク?」優しく暖かな声が降ってくる。

ほのか甘く清涼な香り、私の手の中には星の川のように柔らかな光を放つ衣。

夢なら覚めないで…しっかりと腕をまわして、ぎゅっと目を閉じると

やさしい腕が私を胸に抱き寄せた。

やがて私の耳に、胸の鼓動と呼び合う天河の調べが聞こえてきた。

おわり

**** 水鳴琴の庭 金の弦 ****