心の輝蹟 水色真珠

私は新しい守護聖の出迎えに次元回廊の扉の前で待っていた。

補佐官に就任して初めての守護聖の交代、しかも同時に2人。

 

試験の時お世話になった方々との別れ。

就任して間もなく、仕事に振り回されているような自分に

新しい守護聖とうまく付き合っていけるかわからない不安。

なんだか長い時間に思えた。

 

やがて扉が開いた。

そこに立っていたのは燃えるような髪と極限を超えた高熱の炎を宿したような蒼い瞳の青年。

一目見て思った。間違えなく炎の守護聖であると…。

前任者の女性的な風貌とは少しも似てはいないが自信と力に満ち溢れた体には、

同じ熱さと激しさが…炎の力があった。

 

彼は私を見ると恭しく片ひざをついて手の甲に口付けた。

「レディ?お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「ディアとお呼び下さい。オスカー様?」

「俺もオスカーと呼んでいただきたいですね。

あなたの天使のように美しい声で、薔薇の花弁のごとき甘い香りのくちびるで。」

私のくちびるを見つめて魅惑的に笑う彼の声に含まれた甘い響きに顔が熱くなる。

言葉を継げない私は気が付くと彼の腕の中にいた。

「君の髪は天界の花園のようだ。美しく香しい。

そして君の瞳には奇跡の星が輝いている。

この広い宇宙で俺と君が出会った…その美しい奇跡を呼んだ星が…。その星に感謝しよう…。」

彼の顔が私の顔に近づいて来て、くちびるとくちびるがふれようとした時

再び次元回廊の扉が開いた。

 

その瞬間、扉の間から輝く水が流れ込んでくるのを見たような気がした。

もちろん、そんなことはなく

そこには一人の人が立っていただけだった。

あの甘く濃い空気は霧散して、清涼な林の中の川辺のような空気に取って変わられていた。

一才違いのオスカーがひどく年上に見えるのと同じくらい

同じ歳の人は年下にさえ見えた。

そしてやはり前任の守護聖の厳つく氷壁のような容貌とは似ていなかったが

涼しげで静かな…水の力があった。

その手に古びた竪琴をもった人が動くとサラリと水が流れる音が聞こえるようだった。

流れる水のように滑らかな動作で近づいてくると

ふわりと微笑んで優雅に礼をした。

軽く下げたこうべから不思議な色をした髪が水のように流れ

深い海色の瞳がはめ込まれた精緻な面を彩る。

貴金属や宝石、人を賛美する形容詞は決して当てはまらない

夕星の瞬く空のような、薄く雪をはいた山河のような美しさがあった。

オスカーが呆れたような声をだす。

「おやおや、一緒に就任するのは水の守護聖って聞いていたんだが

手違いで水の精霊でも来ちまったんじゃないか?」

その言葉に水の守護聖は心底不思議そうに辺りを見回す。

「お言葉ですが、ここには私しか来ておりませんが?」

オスカーは吹き出したきり笑って話にならなくなってしまった。

そんなオスカーをおいて私に近づくと彼は再び優美に微笑んだ。

「ディア様でいらっしゃいますか?私はリュミエールと申します。

どうぞよろしくお願いいたします。」

不思議な性別を感じさせない、それこそ天使のような声だった。

 

そして再び毎日が忙しくてしかたがなかった。

宮殿の廊下を走るようにして歩いていると中庭にオスカーが倒れているのが見えた。

心臓がひっくりかえる思いがした。

もしや慣れない生活で体調を崩して…ガクガク震える足で近づいて声をかける。

「オ…オスカー?」

突然に腕をつかまれて胸にだきよせられる。

驚いて声もなく抱きしめられたまま2人、周囲に舞い散る書類の雪に埋もれていると

高熱を発しながら冷たい宇宙で燃える蒼い星のような瞳が私を静かに見つめているのに気が付いた。

「オスカー?」

男っぽい魅力を極めた形の良いくちびるが

なぞりたくなるような美しい弧を描く。

「捕まえたぜ…天上界の蝶々さん…」

慌ててオスカーの胸を押して逃れようとしたけれど彼の力にかなうわけがなかった。

「オスカー!どういうつもりです!放して下さい。私は忙しいのですよ。」

「俺は…そうだな…慣れない生活で疲れて体調が悪いんだ。

そういうのを気を付けてくれるのも補佐官殿の仕事だろう?

俺が眠れるように、ここにいてくれ。」

大嘘だ。

「では、医師を手配します。」

「医者じゃダメだな、君じゃなけりゃ治らない。」

大嘘なのだ。だけど私は動けなかった。

やがて日頃の疲れもあってオスカーの温もりに甘えて眠ってしまったのは私の方だった。

 

気が付くと自分の執務室のソファの上だった。

机の上には出来上がった書類が整えられて置かれていた。

風で飛ばないように綺麗な石がそれを押さえている。

私は書類手に取ると陛下の執務室にむかった。

 

「ディアか…今日は随分と良い顔をしているな?何かあったか?」

陛下の声が何もかも知っていて聞いているような意地悪な声に聞こえる。

「な…何もありませんわ。陛下。」

答えながらモジモジしてしまう。

「まあ良い。ディアが元気なのだからな。」

「陛下?」

「さっきまで心配だったの…あなた最近疲れているみたいで…。

私がうまく出来ない事を全部あなたに押し付けてしまっているし…本当言うと…

やっぱり…あなたが女王になるべきだったんじゃないかなぁなんて…も」

「陛下…!自信がないのは、お互い様ですわ。

私なんて補佐官だって勤まらないのではないかって思ってましたのよ。

そんな事言うなら補佐官を辞退して家へ帰ってしまいますよ。」

「ディア〜。意地悪言わないで!あなた性格悪くなったんじゃない?

昔は優しかったのに〜。」

「まぁ!人を年寄りみたいに言わないでいただけます?。私は…

私は昔のままのディアよ。アンジェ…あなたの親友の。」

「そうね。ゴメンね…ディア。頑張ろう!私達は一人じゃないんだものね!」

「えぇ。アンジェ…あなたがいる。」

「それだけじゃないでしょ?ふふふっ!オスカーと…」

「な…なに?どうして?知っているの?アンジェ!」

「さて?何の事だ?私は何も知らぬぞ。」

「アンジェってばっ!」

「新しく来た守護聖達がね。気が付いてくれて進言してくれたの。

女王や補佐官も就任したてで疲れているみたいだって…

あの二人って面白いわね。

確かな強さを持ち、炎を司るくせにオスカーは私達の疲れを弱いと蔑みはしない

かえって彼流のやり方で気遣ってくれる。

ジュリアス様は甘やかしては、かえってタメにならんっておっしゃったみたいだけど。

水の守護聖。

彼、見かけによらず強い心を持ってるのね。

穏やかで決して声を荒げたりはしないけど最後にはジュリアス様も説き伏せられて

守護聖みんなで今日は私達の仕事を手伝ってくれたの。

実際、私も参っていたから助かったわ。」

「驚きましたわ。なんだか、あまり仲良く見えない二人なのに」

「守護聖に選ばれるだけの事はあると言う事でしょ。

強さは優しさ無くしては暴力だし、優しさは強くなければ弱さになる。

最も意識外の事だから、そんな真の姿が見えなくて

互いに苛立ちを覚える事も多いようだから、補佐官殿!気を付けてやってね。」

「そうですわね。そう言えば…。では、アンジェのところにも誰か来たの?」

「うふっ!当のリュミエール!。

あまり、お話は出来なかったけどリュミエールの入れてくれたお茶を飲みながら

竪琴を聞かせてもらったら気持ち良くってグッスリ寝てしまったわ。

今はスッキリよ、なんでも出来そう!。」

「まぁ!陛下ったら…。」

「でもディア〜。気を付けなさいよ。オスカーって獣なんだからー」

「ア…アンジェ…私はそんな…」

「就任したてだって言うのに毎日10人は女の子を口説き落としてるって…

今回の件も嬉々として立候補して『ディアに最高の夢をプレゼントするぜ』

とか言ってたみたいよー。」

陛下は意味ありげに私の顔を見て笑った。

「もっとも2度口説かれたのはディアだけみたいだから自信もっていいんじゃない?

後はあなたの押ししだいかもよ?」

「陛下ったら!何故そのような事まで?!し…知りません!そんな事!」

慌ててらしくもない大声を出してしまった。

「怒ってもいいわ、ディア。でも…私と同じ後悔はしないでね…。」

陛下は私の肩をそっと抱いたけど陛下の肩の方が抱いてくれる手を必要としている。

そんな気がした。

 

陛下の部屋を退出して宮殿の中を歩いていると

美しい楽の音が響いてきた。たどって行くと光が溢れるように降り注ぐ中庭に

守護聖達が集っていた。

真ん中でリュミエールが竪琴を奏でている。まるで、その音色に共鳴するかのように

普段、仲が良いとは言いかねる守護聖達もサクリアまでもが和しているかのように

穏やかなのに堅固で強いのに柔軟な絆を感じる空間をなしていた。

アンジェリークの心を癒した響きに思わず引きずり込まれ私も癒されていた。

周囲を幸福感で浮き上がりたくなるくらいの優しさに包まれ

自分がいかに皆に支えられて生きているかを思い出させ、その愛の偉大さに胸がつまった。

そして、そうしてくれる全ての人を愛しいとおもった。そう感じられる事のなんと幸福なことか!

私は皆に生かしてもらい支えてもらっている!心の奥底から力が泉のように湧きあがってきた。

頑張れる。

私は補佐官として私の持てる力を、たとえそれが及ばないものでも精一杯つくしてみせる。

嬉しくなって新ためて見つめると、一曲終えて軽く礼をしたところだった。

その不思議な色の髪が流れるのを見ると触れてみたくなった。

さぞ良い手触りでしょうねと、ため息が出る。

一番星を欲しがる子供のように抱きしめて自分だけのものにしてしまいたい

そう考えている自分に驚いて首を振った拍子に、

今度はオスカーの胸を思い出す、厚くたくましい…もう一度首を振る。

自分は女王補佐官なのだ特定の守護聖と…なんて…。でも頬がアツイ。

女王の心配は杞憂だと言う事にしておこう。

だってまだ二人とは出会ったばかりなのだ、その人柄さえ定かではないのだから。

そう、全てはこれから…道は開かれたばかりなのだ。

拍手が起こって、もう一曲はじまった。皆、その調べに聞き入っている。

なんとなく宗教画の天使達の姿を思い起こさせて、ぼんやりと見つめていると

なんだかいっそう心が温かくなってくる。

一人じゃない。

 

新しい水と炎守護聖…私達も同期と思って良いですか?

fin

 **** 水鳴琴の庭 金の弦 ****