「天使降臨」 水色真珠

 

ロザリアは次元回廊を急ぎ足で歩いていた。

惑星視察に行った守護聖達から緊急通報が入ったのだ。

水の守護聖が行方不明だという。

居ても立ってもいられなくて派遣軍より先に飛び出していた、

まだ未開の小さな惑星へ。

 

降り立ったのは小さな教会の前の広場。

不可視のスペースシャトルから、ふわりと地上に舞い降りたロザリアに

クリスマスミサに集まっていた人々が祈りを捧げる姿勢のまま唖然としている。

神父さえ口をあけて立ち尽くしている。

だけど、そんな顔も目には入らなかった。

それより先に…気ばかりが焦るロザリアは広場の端に守護聖達を見つけた。

慌てて駆け寄ると守護聖達は笑いながら出迎えた。

「メリークリスマス!ロザリア」

みんな、この星の風俗にあわせて華やかなスーツ姿で

うかれた酔っ払いのようだった。

「何をおっしゃっておいでですの?行方不明のリュミエール様は?

なにか情報はないんですの?。」

まくしたてるロザリアの頭をオリヴィエが小突いた。

「んっも〜、リュミちゃんのこととなると

何にも見えなくなっちゃうんだもの

可愛いわね♪」

笑われても動転しているロザリアにはわけがわからない。

「あ〜リュミエールなら大丈夫ですよ〜

置いてきぼりをくっただけで

この街のどこかにいますよ〜。」

ルヴァの言葉でようやく落ちついたロザリアは

自分がからかわれたことに気がついた。

「な…なんていうことなさるのですか?

わ…私は…か…帰ります!」

オスカーが手馴れた調子でロザリアを腕に抱き耳元で囁く。

「そういうわけにもいかないぜ。おじょうちゃ…いや補佐官殿。

早く探さないとあいつ強盗に身ぐるみ剥がれちまうかもしれないぜ。」

オリヴィエもクスクス笑う。

「そーねー♪リュミちゃんってば、世間知らずでお人好しだからね。」

ロザリアはくちびるを噛んだ。

どうせ、この海千山千の2人が首謀者だろう。

ルヴァ付きとはいえ、この2人相手では役に立たないのが

目に見えているのに一緒に視察に出した自分が腹立たしい。

しかし、まさかこんな悪ふざけをするなんて思いもしなかった。

なんといってもやるべきことは真面目に

いつもきちんとこなす2人だから。

ロザリアは泣きたい気持ちを押さえて頭をあげた。

「悪ふざけにもほどがありますわ。陛下にも後ほど報告いたしますからね。」

「陛下もご公認だよ〜ん♪。」

「補佐官殿にクリスマスイブの街を楽しんできて欲しいそうだぜ。」

呆然とするロザリアにオリヴィエが、この星で買ったドレスやコート一式を渡すと

守護聖達は聖地に帰ってしまった。

 

上品な白いドレスとファーコートに

手早く着替えたロザリアはリュミエールを探して歩きだした。

クリスマスイブの街…

華やかで楽しそうな飾り付けと人々で溢れている。

その事実は身を粉にして尽くしている自分だから誇らしく思うけど…

ロザリアの心は重かった。

ヒイラギの葉のつややかさも赤い実の愛らしさも

綺麗なショーウィンドの中の素敵なドレスも靴も

可愛いティールームの美味しそうなケーキも

目に入らない。

美しく飾り立てられたモミの木の下をキョロキョロと見まわしても

その木の存在にさえ気づかない。

「リュミエール様…どこ?」

 

歩き回るうちに聞きなれた美しい竪琴の音を耳がとらえた。

駆けつけると小さな噴水の端で人々に囲まれ

竪琴を弾くリュミエールを見つけた。

白いスーツにタイではなく優美なアレンジのリボンをつけ

いでたちだけはクリスマスイベントのオーケストラの楽士のよう。

だけど服を裏切る聖なる輝きは、

あきらかに人ならぬ身であることをものがたっている。

そのうえ誰の心も暖かく包み込む美しい音色。

熾天使が神のためだけに楽を奏でるものなのに地上に降りて

その音を耳にする光栄を人々にも分け与えているかのよう。

みな神の声を聞くように幸福と喜びにあふれ

その光栄に涙していた。

だがロザリアは少し違っていた…天使たる彼女にとって

彼は美しい楽の音を下々に分け与える熾天使ではなく

神そのもの。

リュミエールの側にひざまづき神を称える天使は

その膝に甘えもたれかかる。

 

聖なる調べが終わり人々が深く頭をたれて感謝し家路に着いても

ロザリアはリュミエールの膝にもたれていた。

「私…愚かですわ…。」

不思議そうに覗き込むリュミエールに笑って答える。

「オスカー様やオリヴィエ様がおっしゃるように

リュミエール様に不埒なまねの出来る人間なんているわけないのに。」

守護聖としての力ではなく、その身に聖なる輝きを纏う人を

どうにかする…いや、どうにかしようと考える者さえいるわけがない

それを忘れて焦っていた自分がこっけいだった。

「心配をさせてしまったようですね。

すいません、ロザリア。」

髪に降ってきたキスは天使の羽がふれたように

ロザリアの気持ちを暖かくする。

 

「ねぇ、リュミエール様。街を見てまわりませんか?

クリスマスイブですもの

きっと綺麗ですわ。」

ロザリアとリュミエールは手を繋いで華やいだ街を歩き出した。

イルミネーションの輝きに目を奪われ

可愛らしいリースを飾ったお店のドアを開けると

あきらかに人ならぬ身とわかる客に仰天する店主をよそに

色々な形のクッキーを買いこんだ。

「アンジェに良いお土産ができましたわ。」

嬉しそうに微笑んだロザリアだったが

クスッと笑って大きいクッキーを2枚取り出した。

「美味しそうだから自分でも買ってしまいましたの。

いただきませんか?。」

リュミエールが微笑ながら受け取ると2人は歩きながら

大きなツリー形のクッキーをほおばった。

「おいしい。でも、これじゃあアンジェをお行儀悪いって叱れませんわね。」

クスクスと笑うリュミエールとロザリアは

今度は美しく飾り立てられた大きなモミの木の下を見に行った。

「綺麗…。」

さっきは気がつきもしなかった木の美しさに見とれていると

小さな少年がリュミエールのマフラーをひっぱった。

先ほどのうわさを聞いて病気の祖母にも音楽を聞かせて欲しいという訴えに

リュミエールはロザリアに目で謝って快く引き受けた。

 

先ほどと同じ光景が繰り返される中

ほんの少しロザリアはお行儀の悪い女王のように口をとがらせていた。

演奏が終わって見違えるほど生き生きとした少年の祖母が

何度も何度も頭を下げながら帰っていくとロザリアは親指の爪を噛んだ。

「リュミエール様は…まるで『幸福の王子』のようですわ。」

子供のころ読んだ童話…なぜ幸福なのかわからずポロポロと涙がこぼれた。

金箔と宝石で造られた王子の像は、ただの石の塊になり捨てられるまで

貧しい人々に自分の身体の宝石を分け与えるのだ。

ツバメ(守護聖でいうなら女王のようなものであろう)に頼んで。

「なんで…家族を、生まれ故郷を、…全てを捨てて

民のためにサクリアを与え続けているのに

さらに与えようとなさるんですの。」

何故かなんてわかっているのに問わずにいられない。

ロザリアは寒さとたび重なる演奏で傷ついたリュミエールの手に

頬ずりした。

リュミエールは、その手でロザリアを抱き上げると

いつものように優しく微笑んだ。

「それでも幸福なのです。こうして天使が救ってくれるから…。」

私がいなくても同じようになさるクセにと思いながらも

ロザリアは嬉しくてリュミエールの胸に顔をうずめた。

 

Fin