「奇跡の鐘の音」 水色真珠

 

煌く星空を背に

寡黙な闇の守護聖が静かに微笑み

傍らの癖のない金色の長い髪をすくって滑り落とすと

側を離れた。

「すまない…。

私の心は…お前にない。」

何故あやまるのだろう?最初に裏切ったのは私なのに。

けげんそうな表情を読んだのかクラヴィスはうなずく。

「お前が…女王になることを選んだ時

私の心は闇に沈んだ。

裏切られと思い光を憎んだ。」

その顔に再び笑みがうかぶ。

「そんな私を救ってくれた者がある。

一人は水の守護聖…

お前が女王を選んだのは裏切りではなく

宇宙の崩壊を食い止めるため…

全ての命を

いや、私の命を守りたかったからだと…

あの繊細な魂を持つものは気づき教えてくれた。

そして生きることさえ辛苦であった命を

気遣い延ばしてくれた。

そして現補佐官アンジェリーク。

私に光を与えてくれる者に出会うことが出来た。

私は…幸福だ。

今…心から微笑むことが出来る。

だから…お前に謝らずにはいられない。

お前が心砕き…あの時どれほど私を想ってくれたかを知りながら

もう…心は一欠けらも、お前には残っていないのだから。」

でも、それは私も同じ…

心の中で呟いてクラヴィスに背を向けた。

ディアを待たせてある聖地の門へ

共に人知れず去るために。

「…お前は…また…」

クラヴィスの声が追ってくる。

「私と同じ男をつくるのか。」

驚いてふりかえるとクラヴィスは優しい目をしていた。

あの虚無の瞳に愛をそそぎこんだ少女の力に

あらためて驚嘆した。

「どういう意味でしょう?」

「わからぬか?

リュミエールは夜中の噴水に現れた少女を

愛しているということだ。」

胸が高鳴った。

「お前には…深く感謝している。

あの時お前が女王となり宇宙を守らねば

私は私のアンジェリークと出会えなかっただろう。

そしてリュミエールがお前の心を感じ知らせてくれなければ

当に私の心は死に

私のアンジェリークに出会ったときにも

光を受け取ることも心を通わすこともできなかっただろう。

過去にとらわれるな。

そして…頚木をはなれ…幸せをつかめ…

それが私の願いだ。」

その言葉に背を押されるようにして

震える足を庭園に向けると耳に聞きなれた竪琴の音が聞こえてきた。

 

初めて出会ったのは

琴の音にひかれ、クラヴィスとの悲しい別れと

女王に就任して間もない疲れた心が求めるままにさまよいでた時…。

今日のような降るような美しい星空

見なれた噴水に、舞い降りた熾天使のような人が

竪琴を弾いていた。

優しく物悲しい音色に魅せられて夜毎通った。

月の光より柔らかく、どんな聖水よりも清らかで

白く輝く繊手を優美に動かす姿は

楽の音を司り至高の美しさを持つという月の神のようだと…

そう想った。

 

初めて話したのはクラヴィスのことだった。

私が何者かも伝えなかったのに

クラヴィスを案じてることを伝えると

気を配ってくれるようになり

感謝した。

クラヴィスのことを心が壊れそうなくらい想っていたから。

 

夜毎に訪れ話を聞きクラヴィスが少しづつ

心を開いてきているのを感じるのが

至福の時だった。

 

それなのに…やがて

気がついた。

私自身が彼の楽の音に、彼の存在に、

癒されていること。

彼との逢瀬自体を…求めていることに。

私は…彼を愛し…

そんな自分を憎み苦しみ

あの場所に行かなくなった。

クラヴィスを守りたくて女王の道を選び

クラヴィスを闇に突き落とした自分が

他の人を愛するなんて…許されない…許せない。

深く被ったベールの下で苦しみに胸をかきむしり

涙を流しつづけた。

 

それでも夜毎に庭園を満たす

竪琴の音に救われて

ここまでやってきた。

女王としての使命は全て果たし…

私は…求めても良いのだろうか?

私の魂の全てを捧げ愛する人を…。

ふいに恐ろしさに身がすくむ思いがして足が止まった。

 

彼は私を受け入れてくれるだろうか?

愛する人を不幸にした愚かな女

愛する人を気遣いながら心を移した汚れた女。

彼にだって…いえ、熾天使の如き彼にこそ、

あのクラヴィスの虚無の瞳に愛を注いだ

汚れない天使のような、そんな少女が似合う。

 

再び、足は門へと向かう。

ディアが小さく手を振ると走り寄ってきた。

「いいの?」

「えぇ。」

頷いて足早に門へと向かう。

門は重々しい音とともに開いた。

 

足を踏み出そうとして気がついた。

「ディア?。」

振返ると息を切らせたジュリアスがディアの腕を掴んでいた。

そう…試験の時からジュリアスはディアを見ていた、

強い期待と信頼を寄せて、美しく優しく賢いディアを。

泣き濡れたディアがジュリアスに抱かれ胸に顔をうずめたのを見て

私は独りで門をくぐった。

 

外界では雪が舞っていた、

私が無くした天使の羽のような。

 

イルミネーションや飾り付けでクリスマスイブであることを知った私は

ただただ、その喧騒に耐えられず

町外れへと向かった。

 

浮かれ騒ぐ町の中で私は…

あまりにも孤独で耐えきれない想いに押しつぶされそうで

よろめきながら人々の群れ騒ぐ中を足早に抜けて行くしかなかった。

異質な私の動きは人々の邪魔になりぶつかり揉まれ続けた。

私の乱れた心のように。

 

やがて教会の鐘が鳴り

メリークリスマスの声が盛んに交わされ

疲れきった私の心には、あまりにも痛くて耳をふさごうとした時、

一瞬にして雪の降る音さえ聞こえるような静寂が訪れた。

人々が消え去ったような感覚に慌てて

あたりを見まわすと、みな一様に驚愕に声を無くした様子で

一点を見つめている。

 

そこには暖かい聖地の衣装のままに雪を纏い竪琴を片手に息を切らせた

水色の髪の熾天使がいた。

神々しい輝きを纏った姿に人々は道を開けひざまづいていく。

その道を真っ直ぐに辿り私に追いつき

驚きに動けない身体を抱きしめると熾天使は

やっと微笑んだ。

「クラヴィス様に全てお聞きしました。

私は、あの時…慣れない聖地で悲しみに沈んだ私の心を

救ってくれた暖かな眼差し、明るい笑顔のあなたを

ずっと愛してきました。

どうか永遠に…私と…。」

私は背中に真っ白な翼を取り戻し、熾天使と聖なる地へと戻っていった。

 

Fin