貝殻のメッセージ
真珠
きれいな貝殻の入った小瓶がシャラリと手の中で鳴った。
陽の光を透かすと白い貝の優美な曲線は、リュミエール様を想い出す。
暑い日差しを避けて浜を歩くと白い砂と青い海がダンスをするあたりに小瓶に閉じ込めた貝殻と
同じ貝が転々と散らばっている。
海洋惑星を後に聖地の門に帰り着くと、朝焼けが出迎えてくれた。
時間と気候のギャップに悩みながらも道を急ぐ。
今、閉じ込めたばかりの海の香りを早く届けたいから、私の大切な想いを添えて。
朝焼けが湖面に映える様に見とれながら歩いていると、何かにぶつかって小瓶が湖にころがりこんだ。
前を見ると立ち木。
私ったら前方不注意だわ。
あわてて水の中を透かし見るけど小瓶は見えない。
せっかく特別に外出許可をもらって行ってきたのに、私は靴を脱ぐと水の中に入り砂の中まで探してみた。
それなのに・・・ナイ!?
ショックで真っ白になっていると、時計が鳴った。
もう10時!宮殿で催される公式パーティが始まるのが12時だから、もう準備しないと間に合わない!
泣きたい想いで湖を後にすると準備をして宮殿に駆け込んだ。
公式パーティの席ではリュミエール様のまわりは、ものすごい人で御挨拶もままならない。
プレゼントを持っている女の子は、それでも人を掻き分けるようにして行くけれど、私は・・・。
壁にポツンとへばりついてセミみたい。
寂しいパーティが終わったのは9時すぎだった。
私は結局パーティの間中、うつむいて壁にへばりついていた。
外へ出ると降るような星が美しかった。
なんだか手が届かない美しさにリュミエール様を想い出して涙があとからあとから止まらない。
このまま、帰る事なんて落ち込みまくりそうで出来ない。
もう一度さがしてみよう。
私は湖に向かって歩きはじめた。
月の光を弾く湖面に優美な波紋がひろがっている。
魚でも跳ねたのかしら?それにしては大きすぎるような気がして、そっと湖を覗き込んで息が止まった。
もうひとつの月のような輝きを纏いリュミエール様が湖の中に立っていた。
神の御技さえ及ばぬ美しい面を彩る水色の髪が真珠のしずくのような水滴をすべらせる。
ゆるやかに聖なる御手をひろげると半透明の水の精や魚達がよってくる。
私も引き寄せられるように湖畔にたった。
「リュミエール様」私の声に水の精や魚達が四散する。
リュミエール様は、いつものおだやかな微笑みを向けて下さる。
「落とし物は見つかりました。今日あなたが見せて下さらなかった笑顔を見せて下さいますか?」
驚いて声が出ない。なぜプレゼントを落としてしまった事をご存知なのかしら?
それに私が壁にへばりついていたことも・・・。
リュミエール様が少し悲しそうに目を伏せると奇跡のような曲線をえがく長いまつげが
月の光のしずくをうけて輝いた。
見とれてる場合じゃないのに他の事が頭の中から逃げていく。
「私は壁の側でうつむいているあなたが心配で何度も何度もみつめていたのですよ。」
ハッキリいって私は自分がバカみたいに目を真ん丸くして真っ赤かになってしまったのはわかっていた・・・
でも、他になにができるの?。
ますます混乱してわけが分からなくなる。
「あなたの憂いのわけが知りたくて、ここを歩きながら考えていましたら、魚や水精達が教えてくれました。
ここで、あなたが光るものを落として随分ながく水につかりながら探していたことを。」
リュミエール様は水際まで来ると優美な動作で、そこに膝をついた。
あぁ、お召し物が泥だらけになっちゃうと思った時もっと恐ろしいことがおこった。
そこにあった、小さな穴に手を差し込んでしまわれたのだ。
かなり穴は深くリュミエール様が腕の付け根まで入れた時ようやく動きが止まった。
私はあまりのことに動けないまま真っ青になりガタガタ震えながら涙がとまらなくなっていた、
この美しい人を泥塗れにしてしまった事が恐ろしくて悲しくて。
水際の泥の上に惜しげもなく流れるリュミエール様の髪は聖河のよう
深く腕を差し入れて熾天使の頬より貴い頬にも泥がついてしまっている、胸が砕けそうに痛い。
やがて、何かを探りあてた様子で手を抜かれた時には恐ろしくて目を開けている事ができなかった。
ただただギュと目を閉じて・・・でも涙だけはとまらない。
「ほら・・・見つかりましたよ。この小さな瓶ではありませんか?。」
私の様子にとまどう声が申し訳なくて、やっと言葉をしぼりだす。
「泥が・・・ついて・・・あの・・・」
「あぁ、そうですね。大切なものなのに気が付かなくて申し訳ありません。」
そんな物の事じゃないのに思い違い・・・湖水で小瓶を洗う音がする。
そして、息をのむ音。
中の貝殻に青いインクのメッセージ
「HAPPY BAIRTHDAY & I LOVE YOU」の。
「これは・・・私に?。」プルプルと首を横にふる。
「リュミエール様を泥だらけにしてしまって、私にそんなコト言う資格ありません。」
不思議そうに白鳥より優美な首をかしげるリュミエール様。
「そのように、お気になさらなくても洗えば泥は落ちますよ。」
困ったような戸惑った顔に怒りにも似た感情がおさえられない。
ぜんぜん、わかってらっしゃらない!確かに洗えば落ちるけど、そういうことじゃないのに。
怒った顔でボロボロ泣きまくる私になだめるように手を伸ばしたリュミエール様の手が途中で止まった。
「あぁ、困りましたね。このまま、あなたにふれたら、あなたが泥だらけになってしまいます。」
その言葉に情緒不安定な私は一転。吹き出したら笑いが止まらない。
不思議そうなキョトンとしたリュミエール様。
「さっきは、気にする事ない洗えば落ちるっておっしゃったのに・・・。」
私の言葉にリュミエール様もクスリと笑みをもらされた。
「そうですね。」
それでも戸惑うリュミエール様の腕の中に飛び込んで気が付いた。
不思議なことに汚れているのはお召し物だけ。
聖河の髪も熾天使の頬より貴い頬も普段と変わらず美しいままで汚れなんてない。
まるで泥さえも、この方を汚す事を恐れているよう。
リュミエール様が小瓶のフタを開けると南の海の香りが、あたり一面に広がった。
「海が見えるようです。ありがとうございます。」
幻の海に包まれて海鳴りさえ聞こえた気がした。
愛していますと。
終
**** 水鳴琴の庭 金の弦 ****