「Blue Lace」 水色真珠
本当に良かったのだろうか? 私の心にさまよう疑問。 女王の座を降りたアンジェリークと外界で暮らし始めて 時々、胸を貫かれるような痛みをともない 湧き上がってくる。
その疑問に心乱されて 聖地を出て目に付いた涙のような青い色のレース糸で ずっと編みつづけている大きなストール、 そのレースを編む手がふるえてとまると 病床のアンジェリークが私の膝に手をのせた。 「後悔しているの?」 今からでも遅くない、その目がうったえるけど 私は涙をふりはらうように 頭をふった。
私は、あの時に想いを交わした彼の方に黙って聖地を後にした。 力を使い果たし余命のないアンジェリークを 一人にはできなかったから。 最高の医療、最高のケア施設… それだけではなく友人として傍にいたかった。 見知らぬ人々の間でも偉大な元女王として 尊敬され愛されるであろうと分かっていても。 なぜか、それがひどく寒く思えて。
あみかけのレースを置いて窓の外を見ると 重く曇った空から雪が降り始めた。 白い天使の羽が舞い踊るように降ってくる。 「今日はクリスマスイブね。」 アンジェリークが力なく言った。
その時、雲間から一筋の神々しい光が病院に差し 人々のうろたえ騒ぐ声が聞こえた。 「何事でしょう?。 見てくるわ、アンジェリーク。」
思いをふっきるように笑ってみせて 病室を後にした。
エントランスに下りて息を呑んだ。 老いも若きも金持ちも貧しい人も権力者も普通の人も すべての人々が一様にひざまずく中 一人一人に祝福と励ましをあたえながら 水色の天使が歩んでいた。
神界の清らかなもの美しいもの神聖なもの至高のものだけを 抽出した純粋なる熾天使。 身分を名乗らなくとも どんな権力者でさえ その聖なる輝きを纏った姿にひざまづかずにはいられない。
「リュミエール様…。」 思わずもれた言葉に海色の瞳が 暖かな眼差しをむけてくる。 同時に人々の羨望と驚きの目もむけられ あわててアンジェリークの病室に逃げ帰った。
トントン。 軽いノックの音さえ違う…。 あの美しい天使の御手の優美さだけが 響かせる神の楽の音。 扉に背中をつけ感情を押し殺して言う。 「お帰りください。」 天使が飛び去るように静まりかえる廊下に ホッと肩の力が抜けて座りこんだ。
「ディア。」 アンジェリークが私を呼んだ。 「私は…もういいの。 行って…。 私の分まで幸せに…。」 アンジェリークは起き上がっていた。 昔日の女王の威厳と力をまとい 強い輝きを放ちながら。 「共にいれたことは 何にも代え難いほど嬉しかった。 でも私にとらわれている あなたを見ているのは 何にも代え難いほど辛かった。 幸せになって、 もう一度、白いレースを編んでちょうだい。 あなたが涙で編んだ この青いレースは私に…。」 言い終わるとアンジェリークは 私の編んだ青いレースを被り幻のように消えた。
あんなに強く感じていた存在が消滅して どこにもないことに気がついて 私は、喪失感によろめいた。
支えたのは帰ったはずの熾天使の御手だった。 「今日、あの方が逝かれると女王陛下が告げられました。 私は…ここに来ずにはいられませんでした、 あなたの気持ちを想うと。」
私は頭をふりながら必死に天使の衣にとりすがっていた。 声も出ないのに涙だけが溢れて止まらなかった。
気がつくと深く広い海色の瞳が側にあった。 私の混乱と動揺も受けとめ癒す深く広い海…。 くちびるとくちびるがふれあって 私は息をするのさえ忘れていたことを思いだし 呼吸しはじめた。 海から生まれた赤子のように。
甘く清涼な香りがして私が生きていることに気がついた。 私は…この方への愛で生きているのに気がついた。 「私は…リュミエール様を愛しています。 ずっと、ずっと、出会った時から。 それなのに、私は…アンジェリークを一人にはできずに あなたに告げず聖地を後にしてしまった。」 聖なる翼に守られるようにリュミエール様に抱きしめられ 頬と頬がふれあった。 「わかっていました。 ですからこそ、あなたの深い優しさにうたれて 悲しい日ですが今日まで…待ちつづけました。」 初めて出会った時の驚きと喜び愛おしさとが 走馬灯のように私の心をめぐる中 遠くにイブの鐘の音が聞こえた。 私は、この聖夜に水色の天使を 遣わしてくれた神に深く感謝していた。
今、私は夢のような幸せと喜びに包まれて 水の館で花嫁衣裳の白いレースを編んでいる。 ひとめひとめに愛と喜びを込めて 誰の手でもない私自身の手で仕上げたくて 一心不乱に編みつづけて、もうひとめで終わり。
最後のひとめを作り仕上げると 逝ってしまった友につぶやいた。 ありがとう…幸せになりますと…。
やわらかな日差しがゆれる気配を感じて 目をあげると… 昔のままのアンジェリークが…笑った気がした。
Fin |