花びらの万華鏡
水色真珠エイミーとネネは奇妙な噂を聞いた。
伝説のエトワールに選ばれたエンジュが育成や試練・説得をしっかりこなしているのに
いつも俯いて歩いているというのだ。
顔を合わせれば元気な笑顔を見せてくれるのに
実は何か悩みがあるのだろうか?
親しい友人として見過ごせなくて二人はエンジュをお茶会に誘い聞き出すことにした。
エイミーの質実な自室の金属デスクの上に可愛いギンガムチェックのクロスを敷き
チョコチップクッキーを山盛りもった白いお皿とアイスミントティーを用意して
エンジュをはさんで座った二人は当り障りのない話からはじめた。
「聖獣の守護聖様も増えてきたし、最近の育成も順調なようね。」
エイミーの言葉にエンジュも嬉しそうに微笑んだ。
「そうなの!皆様がとても親切に助けて下さるから。」
ネネも何か気の利いたことを言おうとしたが言った言葉は逆にエンジュを固まらせた。
「特にリュミエール様だよね。親密度すっごく上がっているもの。」
真っ赤になって俯いてしまったエンジュに二人が不審の視線を注ぐ。
「どーしたの?あれだけラブラブフラッシュしたもの当たり前でしょう?」
エイミーが首を傾げた。
「なに?エンジュに頼まれたの?」
うんうんと頷くネネにエイミーの目が光る。
「育成のためだけだったら…リュミエール様とだけ相性を上げることないわよね?」
ますますエンジュが俯いていく。
蚊の泣くようなエンジュの声がした。
「ご…ごめんなさい…。育成のためじゃなくって…。その…私…私…。」
ぽろぽろと涙がこぼれた。
慌ててエイミーがエンジュの肩を抱いた。
「叱ってるわけじゃないのよ。でも、どうして?」
ネネが目をパチクリさせながらポツリと言った。
「えっ?好きだからでしょ?」
「何言っているの!あの方は守護聖様なのよ!」
エイミーの言葉にエンジュは大声で泣き始めた。
「わかってるの。でも!でも!」
動揺するエイミー。呆然とするネネ。大泣きするエンジュ。
常の3人らしからぬ状態から脱するのに小一時間がかかった。
やっと落ち着いたエンジュはしょっぱくなったアイスミントティーをすすりながら話し始めた。
「お姿もお心も、まるで天界の良きもの美しきものだけの結晶の神聖樹の
そのさらに精錬された雫からお生まれなのかと思う美しさで手の届かない方って
わかっているつもりなのにお会いするたびに心が抑えられないの。
あの方の優しさ深い思いやり温かさにふれるにつれてどんどん溢れる思いが募って…
伝説のエトワールに選ばれたからって自惚れてはいけないと思いながら
もしかしたら…なんて。私…バカだわ。」
エイミーもネネもエンジュの気持ちが痛いほどわかって思わず押し黙った。
守護聖様なんて普通の女の子には想像も出来ない高みにある存在。
想うだけで不遜で身が震える。
「で…でも…エンジュはエトワールなんだもの…。
もしかしたらって思うわ。」
エイミーらしからぬ説得力のない言葉にエンジュは力なく微笑んだ。
エトワールだって役目が終われば今のようにはいられないだろうことはわかっている。
「エトワールと結婚した守護聖様っていないのかなぁ?」
ネネの空しく響いたかに思えた問いに答えがあった。
「なんじゃ。そういうことならワシが答えるしかないのぉ。」
いつの間にか、タンタンが現れてチョコチップクッキーを頬張っていた。
「過去のエトワールの中におるぞ。えーと、あれは〜、いつじゃったかのぉ。」
「へ〜、いるの!?」「本当に?」「冗談じゃすまされないわよ!」
慌てて
3人が詰め寄るとタンタンは驚いてクッキーを喉に詰まらせてしまった。ゲホゲホと苦しむタンタンの背中を叩いてやると涙目になりながら言った。
「ぼーとしたり、ニヤニヤしたり、泣き出したり、一人で
何をしとるのかと思ったら、そういうことじゃったのか。
まぁ、オヌシの気の済むように、やるだけやってみるんじゃなぁ。」
過去の例があってエンジュにしてみれば希望を持って良いのか悪いのか
いまだ決めかねる状態だった。
第一に、どうアプローチしていいかもわからない。
それはネネにしろエイミーにしろ同じだった。
三人はとぼとぼとセレスティアを歩いていた。
ふとエイミーが見るとエンジュは俯いて歩いている。
「噂は本当だったのね。あなた歩いている時は、そのことばかりで頭がいっぱいなのね。」
ネネもエンジュを心配した。
「落ち込んでても俯いちゃダメなんだって、幸運を見逃しちゃうんだって。」
キョトンとしてエンジュが顔を上げた。
「えっ、ち…違うの…きれいな花びらが落ちていないかなぁって思って…。」
不思議そうに顔を見合わせるエイミーとネネに慌てて説明する。
「あのね…リュミエール様とお話した時に花びらの入った万華鏡を御覧になったとお聞きしたの。
私もステキだなぁって思って探したんだけれど、そんなもの売ってなくって…
それで…そのぉ…万華鏡を作っていらっしゃるってお聞きしたから
きれいな花びらを持っていったら作って下さらないかなぁと思って…。」
耳まで桜の花びらのようにピンクに染めて言うエンジュにエイミーとネネは飛びついた。
「それ、いいじゃない!きっとお喜びになるわよ!」
「うんうん、私も探す!」
二人の頼もしく嬉しい言葉にエンジュの表情が輝いた。
「手がかりは…他の守護聖様に聞いてみるといいんじゃない?」
エイミーの言葉にネネもうなづく。
「そうね。じゃあ、あの方に聞いてみよう。」
3人は明るく笑いあって宮殿に向かった。
執務室で万華鏡に使う花びらの話をしだすと主は秀麗な眉をひそめた。
「それって、リュミエール様の探し物だろう?
ボクに聞きに来るなんて、随分いい度胸だね。」
ニッコリ笑う3人にセイランの冷たい視線が注がれる。
が、3人にひるんだ様子は無い。
「お願いします。何かご存知のことがあれば教えてください。」
エンジェが話す後ろで、ひそひそとネネとエイミーが話す。
「不機嫌そうな振りしちゃってー。
エンジェがリュミエール様との相性目一杯あげてるんだもん。
ムダな抵抗なのにね。」
「そうね。すでにリュミエール様絡みの話だって理解してるってことは
それだけ親密な証拠なのにね。」
セイランが後ろの2人をキッと睨んだ。
「内緒話は聞こえないところでやってくれないか?
だいたいボクじゃなくてもオリヴィエ様やメルや
もっと他に適任はいるだろう?」
「セイラン様の情報が無ければ、そちらに行きますけれど?」
無邪気に笑ってエンジェが言うとセイランはガックリとイスに腰掛けた。
「わかったよ。他で聞けばどうせバレるんだ。
花びらの万華鏡をお見せしたのはボクだよ。」
エイミーがこっそり口笛を吹いた。
「ビンゴだったようね。」
セイランから件の万華鏡が花の野原の花であることを聞き出し
エンジュは日の曜日、リュミエールを誘った。
花の野原についてみると、そこはエンジュの予想を遥かに上回る
美しい花々の共演だった。
思わずぼんやり見とれていると、感激に涙が出てくる。
エンジュは満面の笑顔でリュミエールを振り返った。
「すごい!すごいキレイですね!
これなら万華鏡に使える花びらも沢山落ちていますね。」
花びらを探してきょろきょろ見まわしながらも、
どちらを見てもキレイな花で目が回りそう。
「でももう私たち、お花の万華鏡の中にいるみたいですね!」
柔らかく微笑んでエンジュを見つめながらリュミエールは答えた。
「そうですね。その中で貴女は一番輝いていますね。
万華鏡のように表情を変える、どの瞬間も魅せられて目が離せないのです。」
エンジュは胸がドキリと大きく鼓動してリュミエールを見つめた。
リュミエールの透けるような白い肌もほんのり色づいていた。
甘い香りと風に舞う花びらに包まれて二人は手を取り合うと
静かな小径へと歩みだしました。
fin
**** 水鳴琴の庭 金の弦 ****