水辺の風景画 水色真珠

やさしい風が吹いていた。さらさらと木々の梢がささやく歌が聞こえる。

足元のやわらかな感触の草をふみしめて木々の間をすかしみると

きらめきが瞳をとらえた。

「あれが湖かしら?なんて美しい!?」

思わず声をあげてしまい自分のはしたなさに先ほどの怒りがよみがえる。

負けてしまった…女王陛下の守護聖様方の…あの方の…前で

あのつまらない庶民出のアンジェリークなんかに。

ほんのひとつ、あの子の大陸の建物が多かっただけ…

でも、生まれて初めての敗北は激しい怒りを感じさせた。

もっと頑張らなくては!私はロザリア・カタルヘナ。

栄光あるカタルヘナ家の人間なのだから…!

それでも心は痛み迷っていた。

それよりも誇り高い自分の心が許せないものがあったことに

気づく事が出来ずに…。

 

痛みと迷いが足をここへ向けさせた…癒しを求める者が水を求めるのは

この宇宙では当然の事なのだ。

瞳をとらえたきらめきに誘われるまま歩んでいくと

自分の考えが半ば過ちであった事に気づいた。

湖は瞳をとらえたきらめきの向こうに静かにひろがっていた。

(リュミエール様…!!)

心の中でつぶやいた声がうわずって裏返っている。

湖より遥かに水の美しさを体現した

それは水の守護聖の髪であった。

こちらに背を向けて一心に筆をすべらせているようすで

彼の前にある絵は刻々と優しい色調に染められてゆく。

なんとなく自分の心も優しい色に染まっていくようで見つめつづけた。

 

先ほどまで自身を苦しめていたものの正体がほんの少し分かった気がした。

定期審査の後アンジェリークを見た自分の瞳の表情

投げつけてしまった言葉

なによりもそれが許せなかった悲しかったのだ。

私…あの子の事が嫌いではないのに…

嫌われてしまったかもしれない…胸が重く苦しくなって

思わずうつむくと涙がこぼれた。

 

こぼれた涙の先にどんな幻よりも美しい手があった。

受け止められた涙は掌で儚く優しい輝きを放ち

そっと包み込まれた。

あわてて顔をあげると水の守護聖はやわらかな微笑みをうかべていた

「貴方にとってアンジェリークはとても大切な友人ですね。」

問いかけではなかった、それは真実を言っただけ。

だから心のままに心の中の真実が口をついてでた。

「はい、そうです。アンジェリークは大切なライバル…大切な友人です。」

でも…嫌われてしまったかも…そう言いかけた時

水の守護聖は静かに口元に指をあて耳を澄ますようにうながした。

その動作の美しさに見とれそうになって慌てて目をつぶって耳を澄ますと

…聞こえるアンジェリークの声…

心細げに呼んでいる。

なぜ?私あなたにあんな事したのに

醜かったはず傲慢だったはず友として心を許した相手にしてはならない事だった。

…なさい…かすかに心の中で繰り返す謝罪の言葉は心の中でまで声にならない。

「ロザリア…あなたの友を思う気持ちは心を支えてくれます。

大切なことだけ考えてご覧なさい。きっと心は通じていますから…」

急に強ばっていた心がはじけたような気がした。

走り出すと道の向こうにアンジェリークの赤いリボンが見えた。

「アンジェリーク!」

呼び声に振り向いたアンジェリークの泣きそうな顔が輝く。

「ロザリア!」

二人同時に言っていた「ごめんなさい」「ごめんね!」。

お互いに顔を見合わせる。

「えー?やだぁロザリアったら何言ってるの?」

「あなたこそ何を言っているのかわかりませんわ!」

だってぇと口篭もるアンジェリーク。

「私たったひとつ建物が多かっただけなのに陛下に誉められて

有頂天になっちゃって、あんなにはしゃいで…私…ロザリアの気持ち考えないで

…き…嫌いになっちゃった?私のこと…許してくれる?」

必死の瞳の中に自分と同じ悲しみをみて思わず幼い妹に対するような

愛おしさが込み上げてきてアンジェリークを抱きしめた。

「まったく…そんなことでは、あなたが女王になった日には宇宙は大騒動ね。」

「えぇっ?!私が女王になるって思ってるの?ロザリアが!」

「そうなったら宇宙の危機と言ってるのよ。そのような悲劇は未然に防ぐのが女王の勤めだわ。

たかがひとつリードしたくらいで好い気になってはダメよ。

すぐに取り替えして大差をつけてあげるわ。」

「じゃあ私も頑張るね!」

「その前にお茶にしましょうか?ばあやがケーキを用意してくれてるはずよ。」

「うわぁ!うれしいっ!もうノドがカラカラ」

「私もよ。でも、あなたなんて名前も知らないような

高級なお店のものなのだから下品な食べ方をしないでよ。」

「うん!あっ!でもロザリアの半分ちょうだいね。私の半分食べていいから。」

「…だから、下品な食べ方はと…」

文句は途中で途切れてしまった。ぐいぐい腕を引っ張られたからだけではない。

木々の間から見えた輝き。

あの時あの場にいて全てを見てらしたのに…

受け止めて下さった涙。

胸の中で切ない思いが心をゆさぶる。

「どーしたの?ロザリア!」明るさ100パーセントの声に我に返ると

心配より好奇心に満ちた瞳とぶつかる。

「ねーねー、ロザリア真っ赤だよ。よく恋愛中の友達がしてたみたいに

ため息までついちゃって!もしかしてロザリアってば…」

「ななななななにをバカなことを言っているの!?私たちは未来の女王を決めるという

神聖な試験中なのよ!あ…あなたの庶民生活と一緒にしないでちょうだいっ!!」

顔を見られないように慌てて歩みを速くする。

(次は、あの方の前で負けたりしない)

「見てらっしゃいアンジェリーク!次は負けなくってよ!」

「うん!私も負けないよ!」元気の良い声が背後から返ってきた。

END

**** 水鳴琴の庭 金の弦 ****