クッキー・クッキー ロゼ様原案 真珠作

バターにハチミツ♪砂糖に小麦粉・たまご!これだけ揃って作らない手はないわよね♪

独り言を言いつつ寮のキッチンに向かうと「あれれ?ロザリア何してるのぉ?」

ロザリアはキッチンの棚の中に体を半ば入れるようにして何かを探していた。

グラグラ揺れる脚立の上に立って、その格好だから危ないったらありゃしない!

棚の中から泣きそうな声で返事が聞こえる

「お砂糖がないのよ…絶対パイ作りには必要なのに!ああ、もう!どうしましょう?」

ほこりで少し白くなった顔を出したロザリアに砂糖の袋を掲げてみせる。

「じゃあ、これ使って!私もクッキー作りに来たの。一緒にやろうよ!」

ロザリアはちょこっとバツがわるそうに考え込んだけど、すぐにいつもの顔。

「まぁ、よろしくってよ。私のを作るついでに、あなたのを手伝ってさしあげるわ。

この私には簡単なことですもの。ありがたく思いなさいアンジェリーク。」

やれやれ素直じゃないんだからーって思ったけど

そんなロザリアって普段の年上みたいな感じと違って、ちょっぴりかわいい。

 

が…。

「ね…ねぇ、ロザリアってお菓子作った事あるの?」

「お黙りなさい、アンジェリーク!栄光あるカタルヘナの人間である私に不可能はないわ。

このレシピどおりここへ卵を入れて…」

「あーっ!ダメよ!ロザリア!!卵は割ってから…」

「そ…それを早くお言いなさい!入れてしまったじゃない!」

ロザリアは慌てて粉の中から卵をひろいあげると、今度は卵に包丁の刃をあてた。

「何するのぉ〜!早まらないでロザリア!」もう泣きながら必死に止めるしかなかった。

きょとんとしたロザリアの手から包丁と卵を奪うと手近なイスに座らせた。

「自分のクッキーは自分で作るからロザリアは自分のパイを作って

私のせいで、あなたの手を煩わせるのは悪いから」自分の息がゼーゼーいってるのがわかる。

「まぁ、遠慮深い子ね。己の分をわきまえているのは感心なことだけど」

言って今度は自分の作るパイのレシピを読み始める。

一時の平和な時間に息を整えると卵をパカンと割って白身を手の下のボールに落とし

カラの中に黄身だけのこして分ける。

そして…えっ???。後ろに張り付くようにしてロザリアが手元を覗き込んでいた。

「ひっ!ひぇええっ!ロザリア!!な…なに?!」

「まぁ!かりにも女王候補がなんて下品な声をだすの!」

「だって誰だって驚くわよ…」

「まぁ、よろしいわ。それより面白い事が出来るのね。初めて見たわ。」

「えっ?おかあさんがお菓子を作る時よくやるでしょ?手伝った事とかないの?」

「私は生まれた時から女王となるべく教育を受けてきたわ。そんな不必要な事は習った事はないし

お母様だって最高の料理人がいるのに何で自分で作らなければならないの?

もう!やめたわっ!!こんな事するなんて時間の無駄よ。」

「ダメよっ!ロザリアだって誰かに自分の気持ちを込めたお菓子を食べてもらいたかったんでしょう?

たいへんだけど、その分たくさん自分の気持ちをこめることが出来るから女の子はお菓子を作るんだって

おかあさんが言ってたわ。そんな気持ちも分からない女王なんて完璧に宇宙を治める事が出来ても

人の心は冷えてしまうんじゃない?私だったら、そんな女王の治める宇宙はイヤだわ。」

ロザリアはハンカチを出して渡してくれた。

「おばかさんね。泣いたりしたら、せっかく作ってもお菓子が

しょっぱくなってしまうわよ。」

いつものおねえさんぶったロザリアだった。

キッチンに向かって計った粉に水を入れている後ろ姿が

涙でよく見えなくてハンカチでぬぐう…。

「ロザリアーっ!そんなに水入れちゃダメ!おまけに温水じゃない!!冷水よっ!れーすいっ!」

「もう…入れてしまいましたわ…ホーホッホッホッ、遅くってよ!アンジェリーク!」

「あああ、もう…ロザリアったら…」

なんだか可笑しくって

二人とも粉だらけで顔を見合わせたら吹き出したっきり笑いが止まらなくなってしまった。

そしてハニークッキーとリーフパイが出来上がる頃には夕焼けがキッチンを照らしていた。

出来上がった時うれしくて手を取り合って喜んだ。感謝した。

あの方の為に、こんなに心を込めて作れたのは…きっとあなたがいてくれたから!

 

「なんですってぇ?あなたもリュミエール様にプレゼントするつもりだったの?!」

「じゃあ、ロザリアも?!」

二人とも驚いて声もない。

先に動いたのはロザリアだった。ちょっぴりうつむいて影になった顔に悲しみがさしたような気がしたが

顔をあげた時は、いつものロザリア。人を見下す様なポーズ…でも瞳だけが優しくうるんで見えた。

「まぁ、では今回はあなたがプレゼントすると良いわ。私の高級感あふれるパイと並んでは

子供じみたクッキーは見劣りしすぎてかわいそうですもの。私はこの次にするわ。」

そしていつものように高笑いをしようと、口元に持ち上げかけた手が机の上の天板にあたった。

ロザリアの高笑いも私の話し掛けようとした言葉も凍りついた。

クッキーは天板から放り出されて床の上で砕けた。

私は天板だけがガタガタと耳障りな音をたてながらダンスを続けるのを見ている事が出来なくなって

キッチンを飛び出し自分の部屋に駆け込んだ。

 

胸の中の甘くとろけそうな幸せと張り裂けそうな痛み

=恋と言う名のエッセンスをありったけを込めたハチミツのクッキー。

そんな事を考えながらボンヤリしていると誰かが部屋のドアをノックした。

開けようと慌てて駆け寄って初めて開けっ放しだった事に気が付いたが後の祭り

ふんわり誰かの腕の中に飛び込んでいた。

「リュ…リュミエール様!」

リュミエール様は柔らかく微笑んで下さった。

まるで水のような髪がリュミエール様の腕のラインに沿って流れてくる

その感触とミントみたいな清涼な香りに胸が壊れそうなくらい心臓が高鳴なった。

自分がふれたらよごしてしまうのではないかと恐くなるくらい美しい人。

貴金属や宝石ではなく星空のように雪をまとう山河のように美しい。

それなのにまるで母なる海に抱かれているような

無限の温かさ深く広く絶え間なく寄せる優しさを感じる人

それを感じると私の心は、愛が泉のように果てしなくわきあがってきて全てを愛したくなる。

醜いものも汚いものも、この人と同じ宇宙に存在するなら愛してみせる。

きっと大事に慈しんで我が身を捧げても良いと思う。

もしも私が女王になるとしたら、きっと…この方ゆえに…

「アンジェリーク?」神の声が私の耳にふれる。

たとえ神の造りし竪琴でもリュミエール様の声より美しく響くことはない。

「アンジェリーク?どうしました?さきほどロザリアからパイをいただいたのですが…」

その言葉に頭を振って意識を集中する。

「あなたからのプレゼントと聞きましたが、いつものロザリアではなかったように思うのです。

あなたの様子も何かに心を痛めているようです。苦しい時にこのような事を言うのはあなたの心を思うと…

でも今ロザリアも苦しんでいます。苦しい時ほど優しくあるのは大きな力が要ります。

でも苦しい時ほど、きっと大きな優しさが生まれます。

そしてそれはあなたの心により美しい輝きをもたらすと思います、アンジェリーク。」

あんなに悲しかった思いも過去のものだった。心を込めたものだったけど人の心より貴いものはないから。

「ロザリア…」

こんな事になって、どれほど辛い思いをしているだろう。

自分の気持ちを押し込めてまで、私を優先しようとしてくれた。自分も大好きなリュミエール様なのに…。

わかってる悪気はなかったことくらい…見た目と言動の割にそそかしいんだから…。

でも大好きよ。以前リュミエール様が教えて下さったから、あなたのステキな心の見方。

だからそのままじゃ見誤ってしまいそうな、あなたの態度も言葉も…今はわかる。

「私…ロザリアのところに行ってきます。」

リュミエール様の微笑みに背中を押されてかけだした。

 

ロザリアはキッチンにいた。床に座ってクッキーのカケラをひとつひとつ拾い集めている。

隣に座って一緒になってクッキーを拾う。

「大陸の人に悪い事しちゃったね。せっかく貰った大切な食べ物だったのに。」

「そうよ、みんなが苦労して汗を流して毎日毎日働いて…あなたも…

一生懸命に心を込めて作っていたのに…なのに私ったら…アンジェリーク…」

「そうね。でも、いつもの通り何気なく作ってしまったら、あんなに心を込めて作れなかった。

それが出来たのはロザリアのおかげだわ。一生懸命なロザリアだから一生懸命教えてるうち私も一生懸命になっていた。」

ビックリして振り向いたロザリアと顔を見合わせるとお互いの体温が溶け合うような気がした。

「ロザリア…ありがとう」

「ごめんなさい…アンジェ」

ふと気が付いて、お互いが握っていたクッキーのカケラを合わせたら一つになった。

「私達こわれたクッキーの半カケみたいね。」

「でも合わせれば一つ分よ。」

二人笑いころげてひらめいて、クッキーを詰めた袋を持って公園へ。

 

公園には美しい竪琴の調べが満ちていた。

クッキーをやろうと思っていたハト達も鳴き声すらたてずに聞き入っていて見向きもしない。

もっともクッキーをやろうと思っていた本人達も同じなのだが。

やがて調べがたえて公園を優しさに満ちた沈黙がいだく。誰もが余韻にひたり幸せをかみしめていた。

だが…?!。

「よう!水の守護聖殿。お嬢ちゃんからプレゼントをもらったんだって?

綺麗な顔して抜け目が無いな。」

いつもどこからともなく現れてリュミエール様にからむ炎の守護聖オスカーだった。

オスカー様はリュミエール様の側にあったパイの入った箱を素早く取り上げると一つパクリと口に放りこんだ。

声も上げられないほどの早業だった。

そしてオスカー様自身も口に両手をあてたまま青くなったり赤くなったりしながら声も上げずに駆け去っていった?。

「あっ…ロザリア…もしかして、お砂糖レシピ通りの分量?男性には控えめにするものよ…」

「えっ?そうなの??多い方が良いかと思って5倍くらい入れてしまっていてよ…。

それからおいしそうだったからカスタードクリーム10倍くらい砂糖使ったのをはさんでおいたわ。ホーッホッホッ…」

ジトっとした目で見ると髪をかきあげ胸をそらし

「栄光あるカタルヘナ家の人間が少なく使うなんてこと出来ると思って?甘いわねアンジェリーク!」

大えばりで言われて脱力しているヒマはなかった。

駆け去って行ったオスカー様を不思議そうに見送ったリュミエール様がパイの箱を手にとって

首をかしげてながめてらしたから!

もちろん私達は慌ててリュミエール様の手からパイの箱を取りもどした。

今度は二人合作のプレゼントを約束して。

〜おしまい〜

**** 水鳴琴の庭 金の弦 ****