夢の天使卵(エンジェルエッグ)
by真珠
ある日エリューシオンに降りると大神官から白い卵を手渡された。
「天使様にプレゼントです。エンジェルエッグっていうんですよ。」
私は首をかしげた。
「神の山の崖の岩の中から見つかったんです。」
なるほど化石ね?なんの鳥の卵かしら?頷きながら考える私に
大神官は言った。
「みんな元気で幸せです。どんどん栄え発展しています。
でも、天使様は最近お元気な笑顔を見せて下さいません。
まるで何か迷い子のよう…
エンジェルエッグは夢で育つ夢の卵だそうです。
天使様の夢は、きっと美しい夢でしょうし
卵が孵れば夢の…本当に求めるものの正体もわかって迷いも消えるでしょう?
どうか持っていってください。」
迷いを見透かされてドキリとしたけど、見透かした瞳は優しくすんでいた。
その心に甘えて大きく頷くと私は飛空都市へと舞い上がった。
手の中のツヤのない白い石膏色の卵が、とても暖かく感じられた。
自室に帰るとベットの枕元に置いてみた。
なんだか不安定で寝ている間に頭の上に落ちてきそう…
帽子を引っ張り出してきて入れると、ようやくおちついた。
そのうえ…なんだか本当の卵みたいで可愛らしい。
素敵なインテリアが増えたみたいで、くすぐったいような嬉しさに包まれてベットにはいった。
夢の中で私は何もない荒野の暗い夜道を歩いていた。
やがて辿り着く分かれ道…そこには1本の枯れ木、枝には輝く沢山の極彩色の鳥たち。
眩い明るさに包まれて鳥たちは荒野も見ずに口々に「右へ」「左へ」とさえずる。
1羽だけ違う鳴き声がするけど姿は見えずに声もよくわからない。
とても綺麗なすんだ声なのに残念…いつも、ここで夢は終わる。
ボンヤリと目を開けると部屋の中は、まだ薄暗かった。
目覚ましもならないうちから、どうして?と思う頭に激しくドアを叩く音と
ロザリアの声がやっと飛びこんできた。
あわてて起きあがってドアを開くと青ざめた顔のロザリアがいた。
「アンジェリーク…おちついて聞いてちょうだい…」
ロザリアは俯いて顔を両手で覆うと呼吸を整えるように荒い息を呑みこんだ。
「リュミエール様が亡くなられたそうよ。」
うそだわ…そうよ。昨日もお話したし、お元気だったわ…。朝からなんて冗談を…。
そう思いながら私はグルグル回る視界と崩れそうな膝をこらえて
パジャマのまま走り出していた。
うそ…絶対にうそよ…
でも、あんなに満ち溢れていた水のサクリアが…ない…
宮殿の謁見の間に駆け込んだのは何故だったのかわからない。
そこには女王陛下とディア様、守護聖様達が集まっていた。
それなのに…あの優しい微笑がない…流れる美しい水色の髪も
深い海の瞳も…優美な立ち姿で、私の瞳を捕らえて離さない…。
「アンジェリーク!」ディア様が痛ましげに叫んで私の足元にひざまずいた。
ボンヤリと見下ろすと私の素足に枝が一本生えていた。
あぁ、裸足だったから刺さっちゃったのね。そう思っただけで痛みさえも感じなかった。
どうでもいい…そんなもの。
心があげる悲しみの絶叫と痛みとに全てを遮られ
何も見えず何も聞こえず何も感じられずに私は静かに立ち尽くしていた。
目を開くと3日間眠っていたと腫れたまぶたのロザリアが告げた。
夢じゃない証拠に水のサクリアは感じられない。
宇宙は力を失い激しく歪み悲鳴をあげている、それは私の心との耳障りなデュエット。
滅び無に帰すことの出来る歓喜の歌。
いいじゃない…滅びてしまえば…。私の心の中で二つに分かれた小枝のような
分かれ道が乾いた音をたてて折れ崩れた。
じりりりりりりり、目覚ましの音に目を開けると朝日がさして
小鳥が鳴いていた。
慌てて枕元を見ると昨日と同じ場所に帽子に包まれた卵。
そっと呼吸すると沢山のサクリアの息吹の中に水のサクリア。
ドキドキと高鳴る胸の鼓動が収まっていく。
帽子の中の卵を指先でつつくと何となく笑った気がした。
「イタズラな卵ね。今度こんな夢を見せたらゆで卵にして食べちゃうわよ!」
コンコン、軽いノックとともにロザリアがドアを開ける。
「アンジェリーク、朝食が出来てるそうよ。あら…?」
不思議そうな顔は卵ではなくて私を見ていた。
「どうかした、ロザリア?」
考え込むロザリア。
「えっ…?えぇ…あなたなんだか…なんだか…」
へんなロザリア?
「ご飯食べにいきましょう!」
食事を終えて寮をでると足がなんだか軽かった。
昨日までの纏いつくような重さがない。
駆けるようにして宮殿に着くと足は水の守護聖の執務室の前へ
大きく深呼吸すると扉を叩く。
中からは、いつも変わらない優しく美しい声が答える。
扉を開くと何度も何度も心の中で繰り返した言葉を言う。
「リュミエール様、森の湖に行きませんか。大切なお話があるのです。」
カチコチの私の肩に透き通るような白く美しい指先がかかる。
「私もです。アンジェリーク。」
大天使の声が歌うように告げる。
貴方は絶対無二。
私にとっては、貴方がいなければ宇宙なんて存在する価値などない。
全てを捨てても、あなたと…。
音のない音がして私を包んでいた迷いというカラが割れた。
Fin
**** 水鳴琴の庭 金の弦 ****