雪の追憶
水色真珠オリヴィエがルヴァの執務室へ足を運ぶことは珍しくない。
ロクにノックもせずに扉を開けるとリュミエールとのお茶会の最中のようだった。
「あらっ?リュミちゃんも来てたんだ。」
リュミエールはオリヴィエに優雅に会釈して席を立つとお茶を用意しはじめた。
オリヴィエはリュミエールの優美な手の動きを見ながら
イスに座ると手をヒラヒラさせてオーダーする。
「んー。今日はピーチティーがいいわ。ある?。」
好みはわかっているのだろう、間もなくティーがでてくる。
ルヴァがニコニコ笑いながら茶菓子をすすめると話がはじまった。
「あ〜、今日はリュミエールに雪のことを聞いていたんですよー。」
オリヴィエは肩を抱いてブルッとふるえてみせる。
「やめてよ。そんな話なら私かえるわよっ。」
するとルヴァが困った顔でひきとめる。
「ええ…と。でも海の雪って興味ありませんか?。」
海の雪と聞いてオリヴィエも少し気をひかれた。
「へえ、海の上にも雪って降るんだ?。」
その言葉にリュミエールは水色の髪をしなやかにすべらせ、ゆるく首をふる。
「いえ、海の中の雪なのです。」
オリヴィエの目が真ん中による。
「海の中に雪???まさか!?」
「本当なのです。マリンスノーといって…。」
リュミエールの話しはじめた情景は、
彼の不思議な色の髪からほどけてひろがり
心を過去へと運び去る。
白い魔物…家も人も木も花も食いつぶされる。
吹き荒れる魔物は一年中人々をおびやかす。
オリヴィエは生まれた時から晴れた空を見たことがなかった。
女王陛下の力も遠い辺境までは届かないのだろうか。
それでも人々は陽気で逞しかった、悲しい事故もあったのだが
肩をひとつすくめると、また黙々と生きた、
自然相手にグチをこぼしてもムダだと知っているから。
だが誰も真っ白の、その光景を美しいとは言わない、
その白い雪の重さは生まれた時から背負っている重さだから。
オリヴィエは夢見ていた低く雲のたれこめた空ではなく抜けるような晴れた空、
暖かな日差しと地平まで咲き乱れる花々。
夢見る美しいものは、ここには何ひとつなかった。
家出同然で飛び出した場所は、きらびやかな町。
陽気で楽しくて夢中になったが
求めるものは常に違うところにあった。
転々と場所を変えさまよいあるいた。
そして…聖地からの招集。
自分の探しているものが見つからないうちに他人に決められるのはイヤだった。
でも心のどこかで知っていた…。
白い雪の自分には似つかわしくない風景にゲンナリする。
こんなの私らしくないじゃない。
私は明るく陽気で楽しいのが好きなのよ。
だけど自分の根底をなすもの。
だから何があってもクールでいられる。陽気で楽しくメゲたりしない。
キライなはずの雪が自分自身、自分の根底をなしている。
こんなのはキライ。自己否定につながる、その考えさえもらしくない。
まるで下から上に降る雪…マリンスノー…。
リュミエールの話が終わると幻想も終わる。
「温暖なあんたの出身星じゃあ、そこに雪見に行くってわけか。フーリューね。」
オリヴィエが過去を払い落とすように言うと
リュミエールは不思議な海色の瞳を静かにふせた。
「いえ、そこは命が存在することの許されぬ死界なのです。
そこでは海は音のない鎮魂歌を絶えず紡いでいます。
マリンスノーは生き物の骸そのものなのですから。」
ルヴァとオリヴィエは興味本位に聞いてしまったことを後悔した。
この優しさを司る守護聖の胸が傷まぬわけがないと思うからだ。
だがオリヴィエは、どうしても聞いてみたかった。
「リュミちゃんの好きな海も、そんな暗い顔を秘めてたわけだ。
ちょっと、やんなっちゃうよね?。」
水の守護聖は面をあげると、ふわっと花がゆるやかにほころびひらくように微笑んだ。
「いいえ、それを内に秘めているからこそ海は美しい命を生み出し育むのです。
古い骸は新たな命の糧。悲しい事ことですが事実なのです。
その大きな悲しみを水奥に沈めながら太陽の光を浴びて陽気にきらめく海の強さを、
私は…尊敬します。」
オリヴィエの中で何かがコトンと音を立てた。
「オ…オリヴィエ?」ルヴァの声に我に返ると涙がひとすじ頬をつたっていた。
「あ…あの…私なにか…?あの…すいません…オリヴィエ?」
うろたえるリュミエールに抱き付くと今度は笑いが止まらなくなった。
(まったくもう…かなわないわ。)
そう思いながら理解した、さっきの音は知らぬ間に過去をひきずっていたクサリの切れた音。
(まったく、無自覚にやってくれちゃうんだから…)
オリヴィエは、ぽやんとしたリュミエールの白い額を指先でつついた。
「あんたにゃ、かなわないわ」
そのまま、ダンスしながら部屋に帰ったオリヴィエを訪ねた女王候補は
今までと違う彼の故郷に対する本当の気持ちを聞いた。
おしまい
**** 水鳴琴の庭 銀の弦 ****