視線厳禁 by水色真珠 注…「疑惑の人物」から、お読み下さい。

エルンストは考えていた。

(リュミエール様は男性とは思われぬ美しさの方…しかし…胸がない。

…が、胸のない女性もいますしね。早計な判断は過ちをおかすものです。)

考えているから、ついついリュミエールが来ると見つめてしまう。

たまに気がつかれてニッコリと会釈されてあたふたしてしまうことも多いというのに。

(なにか真実を知る方法はないのでしょうか?。まさか聞いてみるわけにもいかないし…。)

真実…エルンストは、その響きにウットリとしてしまう。

(なんと美しく魅惑的な言葉でしょう。そして真実こそ研究者にとって永遠のテーマと言えるでしょうね)

商人によって、著しく捻じ曲げられたテーマということに

気づかないのはエルンストが研究ばかりして世間知らずな悲しさであった。

(私の専門は宇宙生成学…生物学は専門外ですし…困りました。)

そしてまたリュミエールを見つめてしまう。

しかし、さらにそんなエルンストを見つめている目があった。

(主任…ス・テ・キ。)

エルンストを敬愛…(愛の方が勝ってるかもしれないが)しまくっている女性研究員である。

(ああ…主任…なんてステキなの?!理知的な相貌、キリッとして折り目正しい動作。

もうメロメロォ〜。クールで冷静沈着で。ああ、あの前髪は男の色気よねぇ〜。)

今日もエルンストにベタぼれの彼女はエルンストを見つめつづけている。

そんな彼女だからこそ気がついたのかもしれない、クールなエルンストの変化に。

(あ〜れぇ?主任…どこみてるのかしら?)

エルンストは手元の書類ではなくて彼の左側、ちょうど彼女から死角になる場所が気になるらしく、

チラチラとふりかえっている。

(何かしらぁ?)

気にはなるが持ち場を離れるわけには、いかない。

(あんなとこに、何かあったかしら?)

多分、彼女が恋する乙女でエルンスト以外が視界に入らない状態でなければ

人の出入りから気づいたかもしれないが悲しいかな

彼女の目にはいるのはエルンストの挙動だけなので事実の把握が出来ない。

彼女がわかるのは時々、エルンストにとって信じられないことだが目の前の仕事以上に

気になることが彼の左で起こると言うことだけだ。

(ああ、主任!何が主任を悩ませるのですか?私では何かお役に立てないのかしら?)

しかし彼女も仕事に恋愛を持ち込むなどというエルンストに嫌われそうなことは避け。

自らの恋を秘めた身、誰に相談することもできない。

(主任!主任!ああ、私は主任をお助けしたいのに)

ただただ見つめる視線が熱くなるだけ。

 

彼女が仕事がない日の曜日、庭園を歩いていると商人の店に行き当たった。

「あっ!お客さんやろ?おおきに、なに買うてくれます?」

「いえ、私は買い物に来たんじゃないんです。ただ、通りかかっただけで…」

そういいながらエルンストのことで頭が一杯の彼女はウルウルと泣き出してしまう。

「お客さん、あかんなぁ。女の子に泣かれるんは弱いんや」

そして女性研究員の話を聞いて内心、こりゃ、やばいやん?と思った。

ここまで、ハマルとは思わんかった。

マジメな人だけに修正がきかへんのやろな、と思ってひらめいた。

「そや!エルンストさんにワテがそれとなく聞いたげるわ。俺が…えーと明日の朝5時頃

ここで待ってるいうといてーな。俺ってエルンストさんとは仲良いんや、まかしといてーな」

こんなアヤシイ提案にのってしまうとは女性研究員も研究ばかりで世間知らずなのかもしれない。

ともかく、その商人の思惑にのって伝言を伝えられたエルンストは

月の曜日の早朝、庭園にやってきた、まだ空には星がまたたいている。

「商人さん!何か有力な手がかりでも?」

「あぁ…まかしといてーな。まずは、こっちや。急いで行くでぇ。」

「えっ?どこへ?」

「ごちゃごちゃ言わんと、はよう!はよう!夜が明けてしまうで」

商人に急かされてエルンストが着いたところは…。

「ここ…?どこですか?」

目の前には明らかに誰か守護聖の私邸と思われる立派な館があった。

「決まってるやんか。リュミエール様の館や。」

「…。で、どうするのですか?」

「あかんなぁ、決まってるやんか。のぞくんや。」

「の!のぞくうぅぅ?!守護聖様のお館ですよ!そんな不敬なっ!!」

「なに言いうてるんや?真実を知りたくないんか?

守護聖様かて寝起きならヒゲ剃ることとかぁあるやん?

真実を知るサイコーのチャンスやん?」

「そ…それはぁ…」

「ほな、行くでぇ。」

商人に引きずられるようにしてエルンストは水の守護聖の館の庭に入り込んでいった。

丈の低い草の間に隠れると、うっすらと霧が出てきた。

「おお、ラッキー!姿がかくれるやん!」

「何か良い香りがしますね?この草は。」

「ハーブやな。女王候補さんから聞いたことがあるわ。

リュミエール様はハーブ栽培が御趣味やて。

おかげで、まちごうて仕入れてしもうたハーブの種なんて

売れへんと思ってたんやけど買うてもらえたんや。」

「はあ…。」

嬉しそうな商人を見てエルンストはついていけない思いを強くした。

その時、軽い音がしてハーブ園に面したテラスの扉が開いた。

ゴクリ、2人のノドが鳴りお互いの緊張をつたえる。

さら、軽やかな衣擦れの音とともに現れたのは目的のリュミエールだった。

白い簡素な服は天使の衣のようだった。

霧の中で幻想的な輝きにつつまれ滑らかに動く様は体重などないかのようだ。

ハーブを摘み取る仕種さえ、やわらかで美しい。

類まれなと言うより、他に類を見ない美しい姿と美しい白い面を彩る水色の髪が

摘み取る仕種にあわせてリュミエールの白い胸で軽く弾む。

穏やかで美しい微笑みを花々に向け、やさしい指が静かにすべる。

花々を両手いっぱい抱えるとニッコリと微笑んで館の中に帰っていった。

「……。」

「………。」

お互い顔を見合わせると同じ思いが感じられた。

「わかりませんでしたけれど?」

「そ…そーやなぁ…」

「……。」

 

火の曜日、早朝に2人は再度リュミエールの館に現れた。

「昨日より早い時間や、さあ、行くでぇ?」

「はい」

今度は2人は庭で立ち止まらず館の壁にへばりついた。

商人は懐から妙な形のものを取り出すとエルンストにしめした。

エルンストは軽くうなずくと、それに何かをとりつけた。

商人がそれを組み立てると、それは首の異様に長い潜望鏡のようなものになった。

「盗聴器は性能良いもんなんやろな?」

「当然です。」

2人が覗き見器を覗き込むと、まさにそこはリュミエールの寝室だった。

「ビンゴや!」

「あちらがベッドですね。照準を合わせてください。ズーム・インです。」

白いシーツの上に透明感さえ感じる水色の髪が艶やかにひろがっている。

そしてシーツの白とは明らかに違う抜けるような白い頬が、その上にのっていた。

さくら色の唇はやわらかくひらかれ寝息をつむいでいる。

閉じられた瞳は髪と同色の水色の長く美しい弧を描くまつげがかぶさっている。

どの造作も優美で他に類をみないものなのに、その全てをまとめるバランスさえも美神の技だった。

「ヒゲは生えとらんなぁ?」

「でも私も薄いですからわかりませんよ?」

「寝返りせーへんかなぁ?胸毛とか見えたら確定やない?」

「毛にこだわりますね???」

朝日が射すとリュミエールの長いまつげが微かに震え瞼が緩やかにあがり目が覚めた。

ベッドの上に半身を起こすと、執事が浴室の用意が出来ている事を伝えに来て

リュミエールは執事に丁寧に礼を言うと浴室に向かった。

しばらくして帰ってくると執事が持ってきた水で洗顔をすまし着替えを受け取った。

執事は恭しく礼をすると部屋を後にした。

「寝起きが良いようですね?」

「いんや、あれでねぼけてるのかもしれへんで?」

白いローブがなめらかな肌を滑るように流れ落ち、足元に崩れ山をつくった。

2人はリュミエールが着替終えるまでを、つぶさに観察した。

ちなみに、もう一度執事がやってきて髪を梳くのも見た。

そして…。

商人は座り込んで空を見上げていた。

「なぁ?俺らリュミエール様が浴衣を脱いで着替えるのを見たやん?」

エルンストも座り込んで下を向き両手で髪をくしゃくしゃにかきまわした。

「えぇ、洗顔するのも髪を整えられるのも見ました。」

「そおおおおいう問題やないやろっ!?」

商人はエルンストの衿をつかむと顔をのぞきこんだ。

「背中しか見えへんかったけど浴衣ぬいでたやろ?そうやろ?」

商人の瞳がウルウルとぬれてくる。

エルンストは長いため息をつくと首をふった。

「真実から目を背けてはいけませんよ。認めなくては…。」

2人はガックリとうなだれた。

「なんで、それなのにわからないんや?」「なんで、それなのにわからないんでしょう?」

 

水の曜日の早朝、2人は再再度リュミエールの館に現れた。

「ぼちぼち時間や、さあ、行くでぇ?」

「はい」

2人は庭で立ち止まらず館の壁にへばりついた。

商人は懐から妙な形のものを取り出すとエルンストにしめした。

エルンストは軽くうなずくと、それに何かをとりつけた。

商人がそれを組み立てると、それは首の異様に長い潜望鏡のようなものになった。

「ワンパターンやけど、堪忍な。」

「しかたありませんよ。」 

2人が覗き見器を覗き込むと、まさにそこはリュミエールのバスルームだった。

「ビンゴや!」

「あちらが湯船ですね。照準を合わせてください。ズーム・インです。」

青白い石の湯船に水のような色の髪が艶やかにひろがっている。

水とは明らかに違うのに、それ以上に水の美を感じさせる不思議な色の髪だ。

 

次の日の曜日、商人は庭園の店に、エルンストは研究院にいた。

商人のところにレイチェルがエルンストのところにアンジェリークがやってくると、

2人はいつも調子で出迎えた。

「他の人の話がしたいです。」

その時、離れた場所にいるにも関わらず2人は同時に固まった。

「リュミエール様の。」

そう言われた途端に同時に頬もピクリとひきつる。

「リュミエール様のこと?うーん、そやなぁ…ナイショの話なんやけどな〜あの人〜。」

「リュミエール様ですか…男性とは思われぬ美しさの…。」

2人の目は限りなくマジだった。

 

おしまいだよ〜っ(^_^;)

**** 水鳴琴の庭 銀の弦 ****