僕らの夏休み  水色真珠

その日、宮殿に呼び出された守護聖達は女王陛下から夏休みをとるように言われた。

 

ある者は喜び、ある者は無関心、またある者は激怒したが

にっこり微笑む新女王に逆らうことは出来なかった。

 

「どういう事なのだ?女王陛下は何を考えておられるのか…。」

苦悩するジュリアスは緩く頭をふる。

「いや…陛下には陛下のお考えがあるはず…忠誠を誓った我らは

全身全霊をかけて使命を果たすのだ。」

力強く言い放つ主座の守護聖の言葉に

取り合えず喜ぶ面々にジュリアスは厳しい顔で言った。

「全身全霊をかけて使命を果たすため思いっきり夏休みをしなければならん。

その為にも各自のスケジュールを私が検閲する。

明日までに予定表を提出するように。」

呆れた溜息や激しいブーイングが起こったがジュリアスは取り合おうとはせずに

明日になれば取り上げられてしまう仕事をするため執務室へ戻ってしまった。

 

翌朝、ジュリアスを訪ねたのは生真面目で細かな事の得意なリュミエールだった。

他の者は最初からやる気がないか、

あってもランディのように細かいことが苦手であったり

もしくはルヴァのように時間がかかりすぎたりして

結局は見かねたリュミエールが一人で各人の意見を聞いてまとめたのだった。

 

ノックをして扉を開けると、いつも書類の山が積まれているジュリアスの机の上に

見なれないものが積まれていた。

その山の向こうに真っ直ぐに顔をあげ背筋を伸ばした

正しい姿勢で座るジュリアスを見て

リュミエールは思わずスケジュール表を取り落とした。

「どうした?顔色が真っ青ではないか。

そのように健康管理が悪くては夏休みを正しく過ごせないではないか。

夏休み中は午後1〜3時までお昼寝をするように

スケジュールに書き加えるように。」

真顔で言うジュリアスはつばの大きい麦藁帽子に

赤いハイビスカスのアロハシャツ短パンにビーチサンダル

といういでたちで虫かごを下げ捕虫網を持っていた。

リュミエールが動揺を押さえてコクコクうなずくと

ジュリアスは満足気な表情で立ち上がると

皆のスケジュール表を拾い上げた。

 

読むうちにジュリアスが感心したようにうなずきだした。

リュミエールの苦労の甲斐があって逆鱗に触れないですんだらしい。

一日の過ごし方の基本は早寝早起き食事をキチンととることになっている上

各人のメインテーマも入った苦心の作なのだ。

クラヴィスは何もないというので

機転を働かせたリュミエールが天体観測と書いた。

ルヴァは、もちろん読書。感想文付きである。

ランディは水泳。宇宙1級を目指す。

オリヴィエは考えた挙句の果てに工作と書いた。

ネイルアートもエステも自己工作と言えなくもないと本人が言うので。

オスカーも本人申告で昆虫採集。

メスの蝶だけ集めて飼育、その美しさを愛でるらしい。

マルセルは朝顔の観察日記と鳥の世話。

ゼフェルは電子工作。

リュミエールは夏の絵を描く。

皆いつもやっているのと同じなのだが、

こう書くと夏休みの課題っぽいから不思議だ。

もしかした守護聖は年中夏休みではと、勘繰りたくなるくらいだ。

読み終わると感心した様子だったジュリアスなのに表情が暗い。

「どうかなさいましたか?ジュリアス様。」

細やかなリュミエールがジュリアスの表情の暗さを心配して

うつむいたジュリアスの顔を覗き込むように言うとジュリアスは

リュミエールに抱き着いて号泣しだした。

「ないのだ!私には私らしい夏休みの課題が!」

抱きつかれて呆然としつつリュミエールも頭の中で考えてみる。

確かに乗馬やチェスは夏休みの課題らしくない。

ふと、ジュリアスの机の上を見ると朝顔の種やラワン材の工作キットに混じって

「まあちゃんの夏休み絵日記」「3人組みの夏休み探検」など

明らかに手本にしようとしたらしい本が目に付く。

ジュリアスは子供の時の夏休みの楽しさを知らないのだ、

友達と遠くまで探検にいったり、絵を描いたり合奏したり…。

リュミエールは自身の子供のころのことを思い出して

ジュリアスにも、その楽しさやドキドキする気持ちを少しでも味わって欲しくて

小さな提案をした。

 

夏休みの最初の日、マルセルが花に水をやろうと花壇に来ると

朝顔の鉢の前にしゃがみこんでいる怪しい人影があった。

「だ…誰?」

恐る恐る声をかけると立ち上がった人物は意外に長身で威圧的な

つばの大きい麦藁帽子に赤いハイビスカスのアロハシャツ

短パンにビーチサンダルといういでたちで虫かごを下げ捕虫網を背負った

ジュリアスだった。

手には鉛筆と朝顔の観察日記を持っている。

「芽が出てきたぞ。しっかり観察するのだ。では。」

言うなり去って行く後姿に

マルセルが恐怖のあまり泣き出したのはいうまでもないことだった。

 

ルヴァが徹夜で本を読んでいて読み終わると横にジュリアスがいた。

真剣な顔で小学校推薦図書や夏の怖い話を読んでいた。

一瞬ルヴァは目をむいたが、すっかり本にのめり込んでいるようなので

お茶を煎れてきて傍に置いてやった。

 

クラヴィスが夜空を眺めていると天体観測表を手にジュリアスがやってきた。

ジュリアスは星座と星について薀蓄をたれてまくった。

クラヴィスは聞いていなかったが、

そんな事に気づかないジュリアスは満足して帰っていった。

 

そんなことでも繰り返されれば慣れてくるのか

ランデイは爽やかにビート板の持ち方から教え、ルヴァは推薦図書を取り寄せ

マルセルは泣かなくなったし、たまにはクラヴィスも相槌くらいはするようになった。

ゼフェルも怒りながらも見かねてラジオの組み立てを手伝ってくれるようになった。

オリヴィエは口先でジュリアスを丸め込みネイルアートを施しご満悦だったし

リュミエールも絵の手ほどきをするのを楽しんでいた。

唯一、おちこんでいたのはオスカーだった。

オスカーは申告通りアミと虫かごを持って厳しく行進する

ジュリアスの後をついてあるかされて、

聖地の女の子の評判がカッコイイからカワイイに変わってしまっていた。

それでも時々、手元がくるったふりをして女の子をアミでつかまえて

口説くあたりは、さすがというべきか…。

「おっと、失礼レディ。あんまり可愛らしいんで蝶々かと思ったぜ。」

今日もジュリアスが蝶(本物)を追いかけている間に

木陰で本を読んでいた少女を口説く。

「まあ、オスカー様ったら」

はにかむ少女の手を取ろうとした時ジュリアスが息を切らせて帰ってきた。

慌てて出迎えるオスカーに少女の視線が冷たかったが気にしていられない

「ど…どうしました?ジュリアス様。」

長身の男が2人、ランニングシャツと短パン・素足に潰れたズックをはいて

アミと虫かごを手に蝶を追いかけているのは情けないが

ジュリアスのただならない様子は、オスカーにとってそれどころではない。

「うむ。見るが良い。」

興奮したジュリアスが虫かごを掲げると美しい蝶が羽をきらめかせていた。

「聖地にしかいない女王アゲハ、しかもメスだ。

そなたが飼育するのに、これ以上適したものはいないだろう。」

自慢気に言うジュリアスにオスカーは思いっきり感動していた。

(俺は女の子と遊ぶことしか考えていなかったのに…

ジュリアス様は俺の為に…)

オスカーがより一層の忠誠を誓ったことは言うまでもない。

 

そのころ女王と補佐官の姿は占いの館にあった。

「どうやら作戦成功ね。アン…女王陛下。」

美しい補佐官の言葉にペロッと舌を出して笑う女王。

「本当に助かっちゃった♪

皆様の親密度がお互いに、ああも低いとやりにくくって」

「それにしても不思議なくらい上手くいきましたね。」

補佐官が考え込むそばで女王はピョンピョンはねまわる。

「やっぱ、休みは大切なのよ♪」

「それは陛下だけだと思いますけど?」

「いーじゃない、上手くいったんだもん。」

ピンク色の頬をふくらませる女王をなだめながら

納得できない補佐官だったが真相を知ることは出来なかった。

 

いや、知ることが出来ても

夏休みの課題なんてものを気にする光と水の守護聖や、

まして立派な大人である主座の守護聖に

夏休みの課題は一緒にやるお友達がいると励みになると

本気で提案する水の守護聖の少しズレた感覚は理解出来なかったかもしれない。

 

END

**** 水鳴琴の庭 銀の弦 ****