クラヴィスの憂鬱 真珠

 

ある日のこと、金髪の新米補佐官がロザリア女王の御心を慰めるためと

いう名目で宮殿の謁見室に巨大な水槽を持ち込んだ。

そして、そこには9匹の色とりどりの金魚が放された。

さとい者はため息をつきながら苦笑をもらした。

なぜなら、その配慮が女王のためではなく新米補佐官と将来を誓った水の守護聖の

金魚の面倒をみるという言い訳の逢引であることは明白だったからだ。

確かに補佐官といえども、おおっぴらに守護聖とベタベタするわけにもいかないし

彼女が知恵を絞ったことはわかるのだが…彼女の考えは、いわゆるミエミエだった。

それにしても勝手にベタベタしている2人は良いとして

問題なのは金魚だった。

金色の髪の新米補佐官アンジェリークは嬉しげに飛び跳ねながら

みんなに説明した。

「とぉ〜っても有名な金魚研究家の方に無理いって作り出していただいた金魚ちゃん達なんです〜♪

皆様のイメージで作っていただいたのですよ〜♪」

とかなんとかいって、どうみてもジュリアスのは普通の金色の錦鯉だし

ルヴァなんかどじょうにしかみえない…。

本当に珍しいのは透けるような水色のほっそりとした優美な魚だけで、

おそらく補佐官が件の研究家の首でも絞めながら事細かに注文を付けた逸品だろう。

補佐官はうっとりと、その魚を見つめた後に想い人を見上げた。

「でも、やっぱりリュミエール様の方が綺麗…」

金魚に夢中で聞こえていないリュミエール以外の

女王をはじめとした面々は一斉にため息をついてうなだれた。

 

何事にも感心の薄いクラヴィスは金魚にも無関心だった。

そう…気まぐれに水槽をのぞいて見るときまで…。

 

ガラスに隔てられた水の中から黒く重そうなヒレをつけ

半眼の眼で口をへの字にし不機嫌そうに

こちらを見ている者がいた。

それは一匹の黒デメキンだった。

思わず口元が緩んだ…似ている…自分でも、そう思った。

回りの者が一斉に飛びのいたのに気がつかないほど

一心に見つめた。

傍目に見れば笑いながら水槽をのぞきこむガタイのでかい黒づくめの大男なんて

不気味この上もないのだが、リュミエールだけは嬉しそうに言った。

「クラヴィス様もお気に召されたようですね。よかったですね。」

 

翌日、補佐官とリュミエールがイチャイチャと魚の世話をした後

巨大な水槽に忍び寄る巨大な黒い影があった。

黒いほっかむりををして辺りをうかがいながら水槽にへばりついたのは

言うまでもなくクラヴィスだった。

クラヴィスは水槽の端にジッと動かない黒デメキンの側に

黒い蛸壺型の金魚の隠れ家を入れた。

それは明るく楽しげな飾りのなされた水槽の中に

あまりに不吉で不似合いであったがクラヴィスと黒デメキンには必要不可欠なものだった。

黒デメキンはとても喜び中に入っていった。

クラヴィスは深く頷くと今度は蛸壺の中にエサを入れた。

黒デメキンは他の魚に邪魔されることなくエサを食べられるようになった。

翌日、不気味な黒い蛸壺の出現に卒倒しそうになった補佐官によって

蛸壺は、あやうく撤去されかけたが犯人に心当たりのある

水の守護聖の説得によって存在が容認され、そして…

 

女王陛下への定期連絡のため謁見室を訪れたジュリアスは

なにげなく水槽をのぞきこんで驚愕した。

「ク…クラヴィス…!そなた、そこで何をしているのだ!」

問い掛けても返事はない。

ただ無表情に見返されて頭に血が上ったジュリアスが水槽に飛び込もうとした時

やってきた補佐官と水の守護聖に押しとどめられた。

「ジュリアス様よくご覧下さい。あれはクラヴィス様ではありません。」

「リュミエール様のおっしゃる通りです〜あれは金魚ちゃんです〜。」

荒い息を整えて、よく見れば確かに件のデメキンだった。

「だ…だが、この大きさは何なのだ?!人間の顔と同じ大きさではないか!」

毎日こっそりとクラヴィスからエサをもらっていた黒デメキンは

今や非常識なほど大きくなっていた。

ヒレの一撃で金色の錦鯉を弾き飛ばすと、錦鯉用のエサまで食べ始めた。

ジュリアスが目をむく。

「それぞれの魚が好む配合が違うのではなかったのか?錦鯉用のエサを食べているぞ?」

「えぇ、そうなのですが、あくまで好むだけで他の魚は食べられないというわけではありませんので」

怒った錦鯉がかかってくるが黒デメキンの頭突きを受けて目を回してしまう。

「あぁ…私は争いは好みません。仲良くしなければいけませんよ。」

「言葉で言って通じるのか?」ジュリアスの問いに水の守護聖は優しく微笑んだ。

「真心をもって接すれば通じます。」

ジュリアスは魚にもか?という問いを発する元気もなく女王への報告も

補佐官にまかせてヨロヨロと執務室に帰って行った。

 

このやりとりを水晶球で見ていたクラヴィスの無表情な口元が緩み

ますますデメキンは大きく育っていった。

 

そんな、ある日のことだった。

珍しく庭園にいたクラヴィスの耳に甲高い少女の声が響いた。

どうやら特別に聖地にまねかれた研究者の少女と誰かの私邸の召使いの少女らしい。

「やだ〜それ本当?」

「私も信じられないけど守護聖様方がお話なさっているのを聞いてしまったのよ。」

「あのクラヴィス様が他の守護聖様のお食事をうばいとって食べてしまわれるなんて…

影があってステキだと思っていたのにショック〜。」

「しかも、最近お姿を拝見しないから、どれくらいかはわからないけれど

あの黒いお衣装の袖よりしたまで、お腹が垂れ下がってパンパンなんですって〜。」

「垂れてる上にパンパン〜?いや〜そんなの〜。」

「たしかヒレとかヒレヒレとかより腹が垂れ下がってって

おっしゃっていたから、きっとそうなのよ〜。」

「お会いして確かめて見たいわね〜。私、適当な理由つけて執務室にお邪魔しちゃおうかな〜。

医療チームの子も興味シンシンでお会いしてみるんだっていってたし〜。」

「えっ〜。私も見てみたいわ。私も何か適当な理由をつけてお邪魔しようと。」

少女達に幻滅されようとクラヴィスは気にしなかった。

だが身の回りが騒がしくなることは煩わしかったので噂の出どこを探るため

水晶球を使った彼の目には、まず年少組の守護聖達が見えた。

マルセルがワンワン泣いている。

「ひ…ひどいよ。クラヴィス様ったらボクはチェリーパイが食べたかったのに〜。」

「あぁ…せっかくマルセルが持ってきてやったのにな。」

「でもよ〜水槽にチェリーパイはいれねぇほうがいいとおもうぜ。」

「なに言ってるのさ〜きっとボクはボクと同じでチェリーパイが好きだもん。

食べさせてあげたいよ〜。」

すっかり金魚と自分の区別のついていないマルセルは

混乱のうちに泣きつづけた。

どうやら噂の出どこは自分たちのイメージで作られた金魚なだけなのに

自分たちと同じ名前で呼び、あまつさえ同化しすぎて

あるいは同一視しすぎることにあるようだった。

クラヴィスとてわからないでもない心境なので

それを非難はできない。

「困った…。」

思わずもれた言葉を、いつものように何時の間にか傍らに来ていたリュミエールが聞きとがめた。

「どうかなさったのですか?」

心配する気持ちを穏やかな笑みに秘めて問う者に真実を言えずに

クラヴィスは思わぬことを言ってしまった。

あの、黒デメキンを引き取りたいと…。

後からマズイ事を言ったと思ったが輝くように微笑む水の守護聖に

冗談だとも言えずに…黒デメキンはクラヴィスの私邸に来る事になった。

しかも一匹では可哀相だからという理由で九匹全部と巨大水槽

その傍らでイチャつく恋人達つきである。

日の曜日、クラヴィスは早起きすると髪をしばってランディから

もらった丈の足りないジャージに着替え

巨大水槽の中を泳ぎまわる魚達を網ですくい

あらかじめ作っておいた綺麗な水の入ったバケツに移し

水槽の水をポンプでくみだすと砂利や水草をどけて

水槽内をデッキブラシで洗い出した。

それに約3時間。

どけた砂利をザルで磨ぐように洗うのに1時間半。

水草をキレイな水で洗うのに1時間。

巨大水槽に砂利をしきなおし水草を植えなおす畑仕事のような作業に2時間。

再び水を入れなおし魚を放すまで8時間はゆうにかかった。

日は暮れかけていた。

これからイチャつく恋人達がやってくる。

クラヴィスはいつもの衣装に着替えると椅子にもたれて

深くため息をついた。

これでとりあえず、あの噂は無くなるだろうし

噂を確認するべく用もないのにやって来る者もいなくなるはずだが…

これが毎週続くのかと思うと眩暈がする。

だが他人の訪問に煩わされたくないので世話をする者は断ってしまった。

断りきれない恋人達の訪問を告げるベルの音を聞きながら

クラヴィスは痛む腰をさすりながら立ちあがった。

「どっこいしょ」

それはそれは不憫な姿だった。

 

終わり