火龍の瞳 水色真珠

メルの赤い髪を風が吹きすぎていく。だがメルは何も見てないような瞳で立ちつくしていた。

聖地の風景は穏やかで美しい。

だが故郷の懐かしさは、そこにない。

体の奥で声がする。帰りたい!父母や大好きな従姉に会いたいと。

そして…その思いの先は…。

ひざを抱えて丸くなっていると誰かが肩を叩いた。

「エルンストさん…。」

「なにをなさっているのですか?資料の作成が済んでいるのなら早目に渡していただきたいですね。」

メルは慌てて立ち上がった。

「ご…ごめんなさい!まだなの…あ…あの急いでやるから…ごめんなさいっ」

ペコペコとお辞儀をして占いの館へとかけだすが慌てたせいか、おもいっきり転んでしまった。

エルンストが驚いて声をかけようとすると、パッと立ち上がり再び何度もお辞儀をして駆け去った。

 

館に戻ると転んだ時の忘れていた傷が痛み出した。

ポロポロと涙がこぼれる。

「うえ〜ん、痛いよう。」

ここには心配して、すぐに来てくれる母も叱咤激励してくれる従姉もいない。

それが余計に痛みを増す。別の思いを募らせる。

 

館にバタバタと入って来る人間がいた。

「メル!」

エルンストだった。

リュミエールの手をひき、後ろにはランディ・ゼフェル・マルセルがついてきている。

「けがしたそうですね。見せて下さい。」

「ばっかっ!おめぇはトロすぎんだよっ。」

「ゼフェル!けが人にそんな言い方するなよっ!」

「ランディこそ、こんなところでケンカしないでよね。」

「途中でリュミエール様にお会いして…それで…ともかく傷を見せて下さい。

あなたが動けなくなったら資料が揃わなくなりますし、その…あの…。」

「エルンストは随分あなたの事を心配していたのですよ。元気もなかったようだと…。」

けがを手当てしながらリュミエールが言うとメルの大きな瞳から違う涙がこぼれおちた。

「あ…ありがとう…メ…メル…メルねぇ…寂しかったの…ここはとってもキレイでいいところだけど

やっぱり家に帰ってお父さんやお母さんやサラお姉ちゃんや友達に会いたいって…。」

ゼフェルは後ろを向くマルセルの瞳に涙がもりあがりランディはうつむいて目を閉じた。

「メルっ!」エルンストが制止の声をあげる。

「メル…それで?」だがリュミエールの柔らかい声が先をうながした。

「こんなに少ししか離れてないのに、試験が終われば会えるのに…とっても悲しくって寂しくって…」

メルは大きな目を見開いて守護聖達を見詰めた。

「だったら守護聖様達はどんなに…そう思ったら…メ…メル…なんだか胸がつぶれちゃいそうで…

ご…ごめんなさい…メ…メルの…メル達の幸せのために…み…みんなの…」後は言葉にならなかった。

泣いてベチョベチョのメルをリュミエールの腕が柔らかく抱きしめた。

ゼフェルがメルの頭をコツンと叩くとランディはクシャクシャとなでまわす。マルセルは涙を拭いてニコッリと笑った。

「メル…。メルの思いは私達の心をすくってくれましたよ。」リュミエールに言われて顔をあげると

メルの大きな瞳に4人の微笑みがうつった。

「メルが、そう思ってくれるなら…悲しみもかるくなるような気がします。」

メルはプルプルと首をふった。

「そんな…守護聖様って強いね…メルなんか…メルなんか…今みたいに弱虫で泣き虫で…ぜんぜん役にたたないもん。」

「ここへ来たばかりの頃、水音が恋しくて公園の噴水で竪琴をひき夜を明かしたものです。」

「体動かすとさ。忘れてるんだ…でも大事な故郷…家族だもんな。」

「今更言ってらんねーぜ。」

「本当いうとね。今でもベッドで泣いちゃうこともあるんだ。」マルセルが笑って舌をだす。

メルが立ち上がると4人も立ち上がった。メルの瞳には4人が白い輝きを帯びているのがみえた。

「メルの綺麗な瞳は真実を映すだけではなく、映された者を暖めてくれる瞳ですね。」

「ガタイがでっかいだけじゃ役にはたたねぇんだよ。」

「涙や弱さを知らない強さはもろいものなんだってさ。オスカー様のうけうりだけどさ。」

「ボクは今のメルが、だーい好きだよっ。」

たぶん、それは守護聖だからではなくメルを思う強い気持ち。

だから黙ったままのエルンストも同じ輝きにつつまれていた。

火龍族の占い師の瞳には、そんな人の心を見る不思議な力があると従姉から聞いたことがあるが

メル自身は初めての体験だった。

 

次の日、メルがエルンストに渡す資料を作っていると当のエルンストがひょっこりやってきた。

「あっ…エルンストさん。ご…ごめんなさい…資料まだなの。」

「いいえ。催促に来たのではありません。」

「えっ?じゃあ、なんですか?」

エルンストは手にした袋をメルの机においた。

「なんですか?」

「お…お見舞い…です…昨日の…。

その…まあ…たぶん分析によると…そういうことで…買い求めてしまったのではないかと…。」

エルンストが真っ赤になりながら袋を開けると、たくさんのキャンディやチョコが転がり出た。

「エ…エルンストさん。」

「お…おかしかったですか?商人さんに話したら、わいの分ももっててぇなとか言って多量に渡されてしまいまして、

そ…それに…こういうことは未経験なものですから…データもなくて…」

「エルンストさん!」感激したメルが抱き付くとエルンストは困った顔で見下ろした。

「昨日だってリュミエール様達を呼んできてくれたのに、お見舞いまで…メ…メルうれしくって…」

メルはクシャクシャな顔で泣き出してしまった。

そのメルにエルンストは軽く首をふる。

「いいえ。私はあなたがけがしたのを見て…その…どうしたらいいか思考停止してしまって…

偶然通りかかったリュミエール様達が私の様子に気がついて話を聞いて下さって、

腕を引っ張って下さらなかったら、きっと…今までと同じに…一歩も足を踏み出せず…終わっていたと思います。」

「優しい心を、本当のエルンストさんを閉じ込めたまま?。」

メルが無邪気に笑ってたずねるとエルンストは耳まで赤くなった。

「じょ…女王候補に聞いたのですね。」

「占い師はね、恋する女の子の味方にならなきゃいけないんだって!だから知ってるの。

女王候補さんに聞いたんじゃないよ。…で?女王候補さんとおまじないはする?」

エルンストは一瞬つまったが、ばんざいをして言った。

「お願いします。ここは強敵が多いですからね。」

 

END 

**** 水鳴琴の庭 銀の弦 ****