イルカにのった少年 by真珠

ティムカが朝おきて窓を開けるとイルカがいた。

礼儀正しい少年であるティムカはイルカに「おはようございます」と挨拶すると

いそいでヴィクトールの部屋の前まで走っていって3回深呼吸して

ノックした。

 

ヴィクトールは早朝ランニングを終えて片手を腰にあてた

由緒正しいポーズで牛乳を飲んでいるところだった。

「おう!ティムカじゃないか?どうしたんだ、朝から顔色が悪いぞ。」

「窓の外にイルカがいたんです。」

「誰がいたって?」ヴィクトールはティムカの額に掌をあてながら聞く。

「イルカです?。」

「誰だ、それは?歌手か。」

「何を若者には、わからないことおっしゃっているんですか?。ちなみに城みちるでもないんです。

誰じゃなくて、イルカなんです。」

「どこに?。」

「窓の外です。」

「浮いてたのか?。」

「はいっ。」ティムカは泣きながらもキッパリと返事をする。

黙ってしまったヴィクトールにティムカは悲しくなった。

「信じてもらえないんですね?しかたありませんね。

突然おしかけてこんなことを言って、すみませんでした。失礼します。」

出て行こうとしたティムカの腕をヴィクトールがつかむ

「もしかして…あれ…か?。」

ヴィクトールの指差した窓の外にイルカはいた。

どうやらヴィクトールが黙ってしまったのは、かたまっていたらしい。

ウンウンとティムカが首をタテにふる。

ヴィクトールはイルカを刺激しないように、ゆっくりと窓に近づいて開けた。

「よ〜しよし、恐がらなくていいぞ。こっちへ来い、こっちへ来い。」

イルカはヴィクトールの様子に安心したのか部屋に入ってきた。

「僕、ピンク色のイルカなんて初めてみました。」

「う〜ん、額に白い星マークがあるな。確かに変わっているな。」

すぐにイルカはティムカにもなついた。

だが不思議なことは不思議であった。

「なんなんでしょうね?この子。」

ティムカとヴィクトールが首をかしげて考え込んでいると

かすかな衣擦れとひかえめに扉をノックする音がした。

二人はとびあがる。

「い…いかん!あれはリュミエール様だ。」

「きっと、驚きますよね。この子を見たら!」

小声で話し合うとイルカをバスルームに隠した。

 

リュミエールを部屋に招きいれると以前たのんでおいた資料を持ってきてくれたのだった。

「ありがとうございます。」ヴィクトールが言うとリュミエールはニッコリと微笑んだ。

うまく送り出せそうだと思った時、リュミエールの足がピタリととまった。

そして何か音を探しているように左右に首をふり…

背中から冷や汗をタラタラさせている二人の前をとおりすぎ

バスルームのドアの前に立った。

「あ…あの、な…なにか?。」

あせるヴィクトールに不思議そうに優美な首をかしげるとリュミエールは言った。

「バスルームでイルカの声がするのですが?。」

水の守護聖おそるべし!ティムカとヴィクトールは心の中で叫んでいた。

リュミエールは人の可聴範囲を超えた音も聞こえるらしい。

「あ…あの。お…驚きますから御覧にならない方が…」

ティムカが言いかけたが時既に遅くバスルームのドアは内側から開いて

中からイルカがヒョコリ顔をだした。

「失神なさってしまいますでしょうか?」

「支えられるようにしておこう。」

ポソポソと打ち合わせると二人はリュミエールの後ろにまわりこんだ。

「ああ、あなたが鳴いていたのですね?」

リュミエールは平然としてイルカに手を伸ばしナデナデする。

「あの?リュミエール様?。驚かないのですか?。」

「はあ?。」リュミエールは何を言われているか分からない様子で首をかしげる。

「と…飛んでいるのですが。」

ヴィクトールに言われるとリュミエールはイルカを見て、コクンとうなずく。

「ぴ…ピンク色ですよ。」

ティムカに言われるとリュミエールはまたイルカを見て、またコクンとうなずく。

 

「かわいい子ですね。」

リュミエールがうれしそうに、ひざの上に抱き上げるとイルカもスリスリとすりよる。

「あ…の。聖地ではイルカはピンクで飛ぶんですか?。」

ティムカが一縷の望みを繋いだ質問を決死の思いで口にする。

「聖地にイルカはいませんが?。」

しかしリュミエールの答えはやわらかな声とは裏腹にきびしい内容のものだった。

「も…もしかして、リュミエール様はボ…ボ…」

「シッ!失礼ですよ、ヴィクトールさん!守護聖様にボケなんて!」

「俺は言ってないぞ!ティムカこそ品位の教官のクセに…。」

「あぁ、リュミエール様ごめんなさい!」

仲良くたわむれるリュミエールとイルカを横目でみながら話すが

現状の打開にはいたらない。

やがて、おっとりとした口調でリュミエールがつぶやいた。

「ティムカ・ヴィクトール。この子の友人達が来たようです。

入れてあげても、よろしいでしょうか?。」

よろしいもへったくれもないが、窓の外にはイルカが4匹浮いていた。

小さ目の3匹と、やや大き目の真っ白な体で額に黄色いVの字型のマークのあるイルカだ。

「ま…また、奇妙…いえキテレツ…ああ、ちがうぅぅぅぅぅう…

ぼ…僕は品位の教官なのにぃ…。」

なまじ常識人なだけにティムカの壊れかたはひどかった。

「お…落ち着け。ティムカ!冷静にならなければ、この危機はのりこえられないぞ。」

なにが危機かはわからないが、

あらゆる危機をのりこえてきたヴィクトールは少しは落ち着いているようだった。

もっともティーカップをかぶって、ほふく前進している状態ではあったが。

だが、ヴィクトールの言葉はティムカを勇気づけた。

「リュミエール様は空とぶイルカをヘンだとおもわないのですか?。」

リュミエールはちょっぴり考え込んだが、やっぱりニッコリわらって。

「別に他人を傷付けるわけではありませんし、良いのではないでしょうか?。」

ティムカはガックリと膝をついた。

そーゆー問題じゃないと思うんですけど!

怒気をあらわに叫びだしたくなるのをグッとこらえる。

「で…でも、なんで空を飛べるんだろう?とか、どうやって飛んでるんだろう?とか、

なぜ飛べるんだろう?とか…。」

だがリュミエールは聞いていなかった。

空飛ぶ白いイルカはリュミエールを背に乗せて部屋から連れ出してしまっていたから。

「リュミエール様っ!」

ティムカは反射的に近くのピンクイルカに飛び乗って後を追っていた。

ウエイトの問題でヴィクトールはイルカに乗れずに呆然と部屋に取り残された。

 

聖地の空を気持ちよくイルカは駆けて行く。

ティムカは思った。

(確かに飛べても良いかもしれないですね。

そんな小さな事にこだわるのは器が小さいからかも…)

そう思いたかったが、

やはり心の中では一般常識がジェットコースターに乗ったように絶叫していた。

ようやくリュミエールのイルカに追いつくとリュミエールは実に楽しそうだった。

「ああ、ティムカも乗せてもらったのですか。

こうしていると海に帰ったようで楽しいですね。」

そう言われてティムカはドッキリした。

(きっとリュミエール様は海が恋しいんだ。)

自分の心にもある、その思いはダイレクトに伝わってくる。

(この聖地には海がない、海洋惑星のお生まれのリュミエール様にはどれほど寂しいことだろう。)

ティムカは覚悟を決めた。

常識人ではあるけれど、それ以上に心優しい少年であるティムカは

リュミエールにつきあってイルカと遊ぶことにした。

イルカは日暮れまで遊ぶと、どこかへ帰っていった。

ティムカは見送る嬉しそうなリュミエールの横顔にホッとしつつも満足を覚えていた。

これは夢、海を恋しがる者たちに女王陛下が見せてくれた楽しい一時の夢だったのだと…。

 

 

 

しかし翌日も夢は形をともなって、しっかりやってきた。

そしてティムカとヴィクトールのみならず、

例外一名を除いた聖地中の人々を悩ませることとなった。

おわりじゃんじゃん♪

**** 水鳴琴の庭 銀の弦 ****