光と夢の触媒 水色真珠

ジュリアスは我が目を疑っていた。

だが自分の前のチェス盤と嬉しそうに踊るオリヴィエは現実だった。

何度みても自分の負けである。

ジュリアスはこめかみをおさえて、けたたましいオリヴィエの声にたえた。

「いいかげんにせぬか?お前が勝ったのは、もうわかった。」

「だーってぇ、こんな珍しいこと、もう無いかもしれないじゃない!」

「このようなこと、そうそうあってはたまらん。」

頭を抱えるジュリアスにオリヴィエはニヤニヤとしながら近づいた。

「うっふふふ。黙っててあげようか?。みんなに知られたらアンタの威厳にかかわるんじゃない?。」

ジュリアスは首をふる。

「負けは負けだ。私は姑息な手段で、それを隠そうなどとは思わない。」

キッパリ言って顔をあげると、ひとかけらの雲も存在し得ない紺碧の空色の瞳がオリヴィエを射抜いた。

「ふ〜ん。そ。でもさぁ。こんな珍しいことって、もうないと思うし…私に御褒美くれない?

せっかくの休日にアンタの道楽につきあってやったんだしさ。」

そう。いつもならオスカーでもさそうのだが、彼は女王陛下の命で外界へ出かけていて、

さらに仕事をしようにも何もなく手持ちぶさたで困っていたのだ。

そこで偶然、執務室で今日とどくオーダーメイドの衣装を待っていたオリヴィエをチェスの相手にさそったのだった。

別にオリヴィエもいい暇つぶしになったのだが、ジュリアスにはさそった負い目があった。

「うむ。そうだな、何がいいのだ?。」

オリヴィエのダークブルーの瞳がキラーンと危険な色に輝いた。

「皆にはナイショにするから、お化粧させてくんない?。」

「な!なんだと?。」

驚愕に目を見開くジュリアスにジリジリとオリヴィエは近づいた。

「誇りを司るアンタが一度OKしたことをイヤダとは言わないよね?。」

「うっ。」

「言わないよね?。」オリヴィエはニッコリ微笑み、ジュリアスはガックリうなだれた。

 

そしてオリヴィエの執務室。

しっかりケープをかけられ髪をピンで留められたジュリアスが鏡の前に座らせられていた。

「ん〜。いいわね。きれいなオハダ。うふふふふ。」

いいながら、化粧水だのクリームを塗り付けていく。

ジュリアスは気を失いそうな自分の顔の情けなさに鏡から目をそらし

ひたすら早くこの悪夢から解放されることを願っていた。

「うふふふふっ。前からアンタにお化粧してみたかったのよねー。」

「マルセルの次は私か…。」ため息をつく。

「あとねー。ルヴァなんかも化粧してみたいわね。」

ジュリアスの脳裏には化粧された同僚の情けない顔が次々浮かび全身に冷や汗が吹き出した。

だが、ひとつだけ思い浮かばない顔があった。

「リュミエールにも化粧してみたいと思うものなのか?。」

突然の問いにオリヴィエはピクリと眉をあげた。

「そーねー。リュミちゃんはダメかな?。」

ジュリアスは、真顔になってしまった夢の守護聖に驚いた。

「なぜだ?私より優しい顔をしている分よいのではないか?。」

「アンタは、そう思う?。」

ジュリアスはすぐさま首をふった。

「いや、思わない。なぜかな。」

オリヴィエは手を止めると、自分の髪をクルクルと指で巻いてもてあそびながら外を見た。

「むかしね。とても好きな場所があったのよ。峠なんだけど、そこから見る谷や山の姿がよくってね。

そばを通る時は必ず見に行ってたわ。みんながホッと心と体を休める場所だったのよ。

でも、ある時。そこへ行くとそこはなくなってた。バカみたいな大きな石碑があって

有名な芸術家の先生が、もっとキレイしようとしたけどダメにしちゃってうめちゃったって。」

オリヴィエはキレイな眉をしかめて肩をすくめた。

「バッカよね〜。私だったら恥ずかしくって石碑なんて建てられないわよ。

まぁ、つまり私は、そんなバカじゃないから。そーゆーことかな。」

オリヴィエの話にジュリアスは少し自分が思っていたより、この男が深いことを知った。

それとともに、呼び起こされる記憶があった。

「レイスバインスタイン城を知っているか?。」

「なに?やぶからぼうに。知ってるに決まってるでしょう?人類の誇る最大の偉業だもの。

人類最高の仕事人達の技術と芸術家達の感性・人類の使いうる最高の宝石貴金属をはじめとする材料…

何もかもをおしげなくつかって気の遠くなるくらいの試行錯誤と年月を費やした

空前絶後の芸術品。お金がかかってるからって成り金趣味なとこは微塵もないスゴイ建築物よね。」

ヒョコッとおどけたように首をかしげて答える。

「私があれを見たのは5才の時、聖地に赴く途中だった。

不覚にも人前だというのに、あれを見た時泣いていた。」

「誰だって感動すると思うけど?私は18の時だったけど素直に人類もケッコウ偉大じゃんって思ったよ。」

思い出した情景に口調とは裏腹に瞳がぬれていた。

ジュリアスは少し困った顔をすると

「どうも外界では、あれを私のようだと言っているらしい。」

オリヴィエはプッと吹き出した。

「知ってたんだ?。でもいいだしっぺの詩人は本当に凄い才能をもった子なんだよ。

私は、あの子の詩が好きだな。今世紀で一番だと思ってるくらいなんだ。」

オリヴィエは意地悪く笑うとつづけた。

「でも、いかんせん本物のジュリアスを知らないからねー。」

ジュリアスは気づかなかったが、オリヴィエは優しい瞳をして密かに微笑んだ。

「あれを見た後、森で迷ってしまった私達の前に小さな泉があらわれた。

絶えず湧き出す水の美しさに私の中の城の印象は消し飛んでいた。

どこにでもあるありふれた名もない泉なのに…。」

オリヴィエは手に持った化粧筆の先を軽くふった。粉が飛び空中の光にきらめいた。

「そーなのよー。リュミちゃんって、そんなところがあるわよね。」

クスリと笑って肩をすくめる。

「アンタって思ったより、ずっといいわね。あの詩人の子に手紙かいてやろうかしら?

外見だけでも、あのチンケな城にアンタのようだなんて言える価値はないよって。」

あははははっと笑ってオリヴィエはジュリアスにかけたケープをとった。

オリヴィエの意外な言葉に驚いたジュリアスはケープをとられてさらに驚いた。

何時の間にかメイクは終わっており、鏡の中には最先端メイクの自分の姿があったからだ。

「どお?私の自信のメイクだよ〜ん。」

オリヴィエの声を遠くに聞きながら、ジュリアスは必死に目眩をこらえてつぶやいた。

「早くおとしてくれ…。」

終わり


真珠

この話は、オリヴィエ様の話でジュリアス様がチェスに負けたことを

ナイショにするかわりにメイクさせたっていうのが

どうしても納得出来ずに、ただそれだけで書いてしまったようなものです。

私のイメージではオリヴィエ様も、そういうウソをつく方じゃないし

約束したならしゃべってしまう方でもないので

本当はこんないきさつだったりして欲しいなぁと思っています。

**** 水鳴琴の庭 銀の弦 ****