エンジェリック・ロゼ by真珠

その日の夕方、カティスの館では、頭を突きあわせて

よからぬ相談をするカティスとオスカーの姿があった。

「それじゃあ、お前はクラヴィスに賭けるんだな。オスカー。」

「当然だろう?。俺とアンタを抜かせば、一番つよそうなのはクラヴィス様だ。」

この2人、今夜の親交を深めるという名目の飲み会で

誰が最後につぶれるかに幻の特上ワインを飲む権利を賭けているのだ。

カティスはウィンクしてクスリと微笑む。

「青いな・・・。読みが単純だ。」

オスカーがムッとした表情で軽くにらむ。

それだけで常人なら怖じけづくところだが、カティスには通じない。

ニヤニヤと笑われてオスカーの不機嫌が絶頂に達しようとしたとき

カティスの口からでた名前にオスカーは不機嫌一転

机を叩いて笑い出す。

「アイツがー?そんなこと、あるもんか!この勝負もらったな!」

笑いすぎて涙目のオスカーは勝利を確信したようだった。

が、呼び鈴の鳴る音に出迎えに立ち上がった

カティスの顔にも余裕の笑みがもれていた。

 

カティスの邸の扉の前に立っていたのはオリヴィエとリュミエールだった。

オリヴィエは派手な衣装のストールをヒラヒラさせて挨拶する。

「はぁ〜い。お招きにより参上、な〜んちゃってぇ。

お子様達まいてくるのに苦労しちゃったよん。」

リュミエールが申しわけなさそうな顔で丁寧にお辞儀する。

「お招きいただきまして有り難うございます。

遅くなりまして申しわけありません。・・・皆様おまちでしょうか?。」

カティスは豪快に笑うと2人の背中を叩いて邸の中に招き入れる。

「さっき、やっとオスカーが来たばかりだ。

いつも時間どおりになんて集まらないから安心しろ。」

 

カティスの邸には巨大なと言っていいようなホールがある。

天上の高いドーム型のそれは、

なんとなくエキゾチックなたたずまいだが不思議な安心感のある空間でもある。

やがて、メンツが揃い食事が終わった頃には夜の帳が降りていた。

カティスが手を叩くとドーム型の天井が開き、頭の上に降るような星空がひろがった。

オリヴィエが嬉しそうに声を上げる。

「いいわねぇ!こんなところで飲めるなんてサイコー!」

その声にジュリアスが眉をしかめる。

「オリヴィエ!これは親交を深めることが目的なのだぞ。」

「なーに、言ってんのよ!トーヘンボク!飲まないんなら帰りなさいよ。」

「オリヴィエ!ジュリアス様に失礼だぞ!」

ささいなことで揉める同僚と我関せずのクラヴィス、

うろたえるリュミエールと呆然とするルヴァを眺めて

カティスは呆れた顔をしつつ目を細めた。

なんだかんだ言ってもまとまる時はまとまるのだ。

おかしなものだな、心の中で呟くと守護聖として過ごしてきた日々が走馬灯のように蘇る。

そんな自分に驚きつつも冷静に、その時を考える。「俺もそろそろかな。」

だが、ひたってばかりはいられないようだった。

カティスはケンカ組の首根っこをひっつかむと引き剥がしにかかった。

 

ようやく、カティスが睨みをきかせて穏やかな時間が訪れる。

皆の前に酒が注がれる。思い思いにグラスを傾ける中、浮かない顔を見つけた。

「どうした?リュミエール。飲まないのか?。」

困った顔で首をかしげる。

「実は、お酒という物は飲んだことがないのです。」

オスカーがニヤリと笑ったのを視界の端にとらえながら、

カティスは余裕の笑みを浮かべるとリュミエールの耳元にささやいた。

「気にするな。水の守護聖なら酔わないから。酒も水、同然だからな。」

と、言われて疑わずに納得してしまうとこがリュミエールらしい。

カティスは目の前で一気に飲み干して平然としているリュミエールを見て

オスカーにニヤリと笑い返した。

オスカーの顔が青ざめている。

けっこう、強い酒なのだ。ルヴァは2口ほどで、すでに寝ている。

オリヴィエは、1杯飲んで酔っ払って、すっかりハイになっている。

この酒を楽しむには、それなりに酒に強くなくてはならないのだ。

 

オスカーがつつっとカティスの側による。

「なんで、アイツが平気なんだ?。さっきアンタなにを言ったんだ!?。」

カティスは、クラヴィスとジュリアスに酒をつぎながら、

自らも2杯目を飲み干したリュミエールにクスクスと笑いを漏らす。

「水の守護聖は酔わないって教えただけさ。」

オスカーの瞳に剣呑な色が浮かぶ。

「そんな話、聞いてないぜ!」

カティスが真顔でうなずく。

「ウソだからな・・・。」

クチをパクパクさせるオスカーと少し困った顔のカティスの視線の先に、

すでに眠ってしまったオリヴィエとルヴァに毛布をかけ、

すっかりできあがって意地の張り合いで飲んでいるジュリアスとクラヴィスに

次のボトルを運ぶべく、しっかりした足取りで歩くリュミエールがいた。

「本当に強かったのか。暗示にかかりやすいのか。どっちだろうな?。」

カティス自身も笑っていいのか、焦っていいのかわからなくなってきた。

ついにジュリアスが潰れるとクラヴィスもロレツのアヤシイ舌で

たわいもないとかなんとか呟くように言って潰れてしまった。

リュミエール自身も2人に負けないくらい飲んでいるはずなのに、

そそくさと立ち上がると2人に毛布をかけて・・・

唖然としているオスカーとカティスに気がついた。

 

リュミエールは、いつものすべるような優美な動作で近づいてくると

バカに丁寧におじぎをした。

「気がつきませんで申しわけありません。お2人は飲んでいらっしゃらなかったのですね。

今おもちしますね。」

言葉も顔色も普通だ。だが、カティスとオスカーは目配せして囁きあった。

「酔ってる・・・絶対酔ってるぞ。」

「ど・・・どうする?」

「どうするって・・・どうする?。」

不毛な会話は、ボトルを箱ごと羽根のように軽やかに下ろす姿に断ち切られる。

1リットル入りのクリスタルのビンが12本入った箱の重さはどのくらいだろうと

水の守護聖の細い腕を見ながらカティスとオスカーの後ろ頭に冷や汗が流れる。

 

やがて、リュミエールはニッコリ笑って2人にコップを持たせた。

「遅くなって申しわけありません。どうぞ・・・。」

見惚れるような優美なしぐさで細い指先を使い栓を抜くとコップに酒を注ぐ。

カティスとオスカーは、それでも傷ひとつ付かない指先を見て全身総毛だった。

この時のコワさは一生忘れられないと、2人は思った。

・・・が、甘かった。

 

ほぼ、わんこソバのように酒をつがれて、やめようとすると悲し気な顔で

もう、お飲みにならないのですかと言う。

つい飲んでしまう。

地獄のような時間が流れて、

やがて、さすがのカティスもオスカーも潰れてしまった。

 

リュミエールは2人にも毛布を掛けると、今度は一人づつ私邸に送っていった。

その夜、主を担いだ水の守護聖の訪問に、どれだけの召し使い達が驚かされたことか。

なかには、幻と決め付けて寝てしまう者もいたので、

リュミエールが部屋まで運ばなければならない者も多かったが、

気のいい水の守護聖は気持ち良く寝れるように枕の高さまで気を配って布団を整えて帰った。

 

最後にカティス自身もベットに運び込むと

さすがに疲れを感じて水が飲みたくなった。

リュミエールはカティスに尋ねてみたが、すでに酔いつぶれたカティスには

いつも水差しのあるサイドテーブルを指差すだけで精一杯だった。

そこに幻のワインを置いていた事は、すっかり忘れて。

 

リュミエールが、指差されたところを見ると淡く輝くようなピンク色の酒ビンがあった。

エンジェリック・ロゼ、綺麗なラベルの方に見とれたが結局ちょっと首をかしげた後、

酒は水と同じと言うカティスの言葉を思い出し飲んでしまった、一気に。

とんでもなく高価なワインはカラになり、リュミエールは元気に自分の私邸に帰っていった。

 

翌日、執務に出てきたのはランディ・ゼフェル、それからリュミエールだけで

他の守護聖は痛む頭で女王陛下のお小言をもらった。

リュミエールは水の守護聖は酔わないと信じているだけでなく、

飲みすぎは身体に良くないということも知らなかったらしい。

もっとも全ては記憶にないことだったから、知っていても無駄だったかもしれない・・・、

いや、知っていれば心優しいリュミエールは皆にすすめたりしなかっただろうが、

カティスとオスカーのカラになったワイン同様あとの祭りであった。

 

おわり ((((((^_^;)

**** 水鳴琴の庭 銀の弦 ****