PSY(サイ)

ほのかに格闘ゲーム「サイキックフォース」と重なっておりますが

知らなくてもわかるようになっております<(__)>

                  水色真珠

 

気がつくとうろたえた様子の安太善が永夏やヒカルを覗き込んでいた。

秀英達ともども目を開くと安堵の色が浮かぶ。

アキラ達もホッとして笑みがこぼれた。

「佐為…」

ヒカルには安太善に抱きかかえられて、そこにいるのは目で見るより確かにわかった。

手を伸ばすと佐為の長い睫がゆれて持ち上がり深く神秘的な瞳に光が宿る。

驚いた顔で永夏が後ずさりする。

”薬品を使って眠らせていたのに…”

反対に納得した様子で安太善が頷く。

”トランスミッターとアンプリファイアーの距離に対する力の相互作用のすごさだな。”

んなことは、どーでもいいんだよという

痛いくらい力を持ったヒカルの視線に刺されて安太善たちは頭を下げた。

”すまない…。

トランスミッターとアンプリファイアーを

引き離すのが、どれくらい酷いことかわかっていながら…”

それでも怒りゲージをつのらせるヒカルを佐為がそっと押さえた。

”では、もう一度ともに協力してくれますね?

PSYと人類との共存のために…”

安太善が静かに頷くと永夏たちも渋々したがった。

”塔矢長官や緒方さん達とも連絡を取り合いましょう。

このままでは人類とPSYは…共倒れです。”

 

作戦会議と、その前の休養のため隠れ家に帰った皆は

久しぶりに各々の部屋へおさまった。

ヒカルは大きめのソファに座ると伸び上がって言った。

”あ〜、もう慌しくって目が回っちまうぜ!”

無理もない。

運命の出会いと覚醒、その相手をいきなり失っての永夏とのとてつもない戦い。

平静でいられないことの連続である。

だが言葉とは異なりヒカルには疲れの色も暗い影もない。

ヒカルのところだけ天から光がさしているように明るい。

佐為がお茶の用意をしているのを楽しげに眺めて

嬉しさを押さえきれないように

クルクルと瞳を回しつつソファの上で体を跳ねさせる。

”やっと帰ってきたっていうのヘンかな?

すっごく落ち着いてるよ、オレ”

トランスミッターとアンプリファイアーの関係は家族のように温かで安定している。

そう思いながらヒカルは、ふと虎次郎の言葉を思い出した。

 

佐為を…守れるのは君だけなんだ。

出来るよ、君なら。私は、それに気がつけなかった。

いや気が付かないふりをしていた。気が付きたくなかったのかもしれない。

一緒にいて…楽しくて…。

 

胸がドキリと鳴った。

『一緒にいて…楽しくて…。』

それじゃ、ダメなんだろうか?なぜ?

静かな不安が胸を満たす。

その波動に佐為も顔を曇らせて振り返る。

「なぁ…。」長い沈黙の後でヒカルは重い口を開いた。

最近、思念でばかり話していたせいばかりではなく声が出にくい。

「虎次郎…覚えてるか?」

佐為は小首を傾げると不思議そうに首をふった。

「さぁ…誰です?」

佐為の声は思念の声と同じに透き通る水のよう清んで柔らかい。

ふわりと耳に優しい音の残酷さにヒカルは震えた。

だが、それが思い出してもらえない虎次郎にとって残酷なのか

自分の中の大切な記憶なはずなのに触れることが出来ない佐為にとって残酷なのか

話すことが出来ないヒカルにとって残酷なのかわからない。

無邪気な顔で覗き込む佐為の目線をさけて

ヒカルはソファにもたれて天井を仰ぎ見た。

 

佐為を…守れるのは君だけなんだ。

出来るよ、君なら。

 

なんで…虎次郎は、あんなことを言ったんだろう?

どうして守れるなんて言い切ったんだろう?

何度も頭の中で繰り返しても答の鍵も見つからない。

 

何かを見落としているんだろうか…?

何を見落としているんだろう…?

いや、それより何かを見ないようにしている気がする。

何を見たくないのか?

『私は、それに気がつけなかった。いや気が付かないふりをしていた。

気が付きたくなかったのかもしれない。一緒にいて…楽しくて…。』

虎次郎の言葉がグルグル繰り返す。

輝く天の川にも似た佐為との心の繋がりを感じ

その不滅の確かさと不動の揺らぎなさに安心する気持ちの裏に

何かが潜んでいる気がしてならない。

 

”どうぞ”

佐為の思念にヒカルの物思いは破れ、ドアの向こうの存在を認めた。

”失礼します”

硬い表情のアキラだった。

”どうしたんだ?”

ヒカルの問いにアキラの思考が流れ込んでくる。

緒方と父に関する複雑な思い。

”ボク、一人で父に会いに行きたいのです。”

緒方が絡んでくれば危険だ。

慌てて止めようとするヒカルを佐為がさえぎった。

”わかりました。塔矢長官は貴方に任せましょう。

しかし危険があれば、すぐ連絡して下さい。

そのための仲間なのですから。”

佐為の信頼と思いやりにアキラの顔が明るくなった。

嬉しそうに部屋を出て行くアキラを見送ると

ヒカルは口をとがらせた。

”いーのかよ。絶対、あの緒方って何か仕掛けてくるぜ。”

ニコリと佐為は微笑んだ。

”応手を間違えなければよいのですよ。

それに長官もアキラに会いたいはずです。”

言外の佐為の声を感じた。

ヒカルをヒカルの肉親の気持ちを思う声。

ヒカルの心も頷いた。

”そっか。そうだよな。オレには出来ねぇけど、アイツは会えるんだもんな。”

 

アキラは佐為が教えた居場所に跳んだ。

あのアキラが破壊した場所から遠くないが何の施設でもない、ただの家だった。

サイキックフォース研究所長官の役職からも追われたということだった。

もはや何の力もふるえない父を協力させる必要があるのだろうか。

アキラは逡巡した。

だが、会いたい気持ちは理由を超えた。

それでもいい。会って話したいことがあった。

 

古めかしい日本建築の平屋の門を入ると母がいた。

水打ちをしていたのだろう。

手桶と柄杓を取り落とすとアキラをしっかりと抱きしめた。

柔らかな母の香りに包まれていると煌く雫が落ちてきた。

見上げると母の目いっぱいにあふれた涙だった。

 

障子がカラリと開いて父が姿を見せた。

そこにいるのを知っていたように驚く様はなく、ただ包み込むような眼差しだった。

「おかえり」

アキラは声が出ずに頷くばかりだった。

 

父に向かって歩き出した時だった。

父が抜き身の日本刀を携えているのに気が付いた。

鍛え上げられた、それが真剣であることは輝きが痛いほど語っていた。

 

刀の切っ先がゆるりと持ち上がり正眼に構えられると

圧倒されるほどの殺気が吹き出す。

ただ父の包み込むような眼差しだけがかわらなかった。

 

水の如く滑らかで静かな摺り足が間合いを詰めた瞬間

刀の重い風圧がアキラの首を薙ぎ背後の空間に刺さった。

小さな苦鳴が漏れ何もないはずの空間が歪んだ。

やっとアキラにも相手がわかった。

「緒方さん…!」

小刀を握った緒方の白いスーツの肩口が赤く染まっていた。

「私の役に立たぬなら、まして佐為の味方をして邪魔立てするなら始末するのもしかたないが、

子どもの頃からの付き合いだし、せめてもの情けに一思いにという思いやりだったのだがな。」

アキラは信じられない思いで目を見開いた。

「ボクを…殺そうとしたんですか…。」

兄のように思ってはいたのは自分だけだったのか、ひどく悲しい思いが胸を締め付けた。

「驚きましたよ、長官。いや長官職は失われたのでしたっけね。

昔どおり先生と呼ばせて頂きましょう。そのお歳でPSY能力に目覚められたのですね。」

行洋の口から静かな声が答えた。

「いや、私はPSYなどないよ。」

アキラも緒方も首をかしげた。

では今なぜ行洋はアキラさえ気がつかなかった緒方を察知したのだろう。

「兵法というのを教えたことがあるだろう。

君はPSY能力に目覚めると深く学ぶことを止めてしまったが

それに基づいて考えれば君の行動は簡単に読むことが出来る。」

その言葉と共に行洋の精神の静かで隙のない波動が空間を支配する。

いつの間にかアキラと明子は行洋の影に匿われていた。

「当たり前でしょう。兵法などPSYで見ればわかることを

理屈で探ろうとする手探りのようなものです。

原始人のヤリと近代兵器ほど違う。」

吐き捨てるように言う緒方に言葉ではなく行洋の慧眼が答える。

本当に、そうか?と。

 

緒方の顔がかすかに赤みを帯びた。

小刀を叩き付けるように捨てると行洋の居室に跳び、刀掛けの刀を取上げた。

「では、見せてもらいましょうか!ご自慢の兵法とやらを!」

緒方の姿が消える。

慌ててアキラが居所を探ろうとしても異空間を移動中はわからない。

姿を現した時は行洋の眼前だった。

声をかける間もない襲撃に鋭い金属音が鳴った。

緒方の刀を行洋の刀が弾いていた。

驚愕の色を浮かべる緒方は慌てて異空間に逃れようとするが

その間隙をついて行洋の刃が緒方の背中で一閃する。

それを振り切るように異空間に消えたと思った途端、明子が悲鳴をあげた。

緒方の刀が明子の首を狙って突き出される。

だが明子の首に届く寸前で切っ先が止まった。

行洋の切っ先が緒方の首に当っていた。

明子を突けば緒方の方が先に死ぬ。

先ほどの手傷だろうか背中も赤く染まって息が荒い緒方は

またも姿を消した。

と、とにかく母を守ろうとするアキラの意表をつくように今度はアキラの上に緒方の白刃が降ってきた。

気づいた時には身動きする間もない。

切り裂かれることを覚悟した瞬間、高い金属音がして二つに割れた緒方の眼鏡が空を舞った。

眉間から血を流し緒方がうずくまる。

行洋が切り上げた刃をかえすと不貞腐れた様子で緒方は座り込んで後ろを向いた。

「あなた方になんかわからない!親子仲良く暮らしている平穏な人たちに

我々の苦しみなんか。」

血の滲むような視線を受けてアキラは胸を突かれる思いがした。

無邪気に父と母に守られPSYでありながら幸せに育ってきた自分は

緒方にとってどういう存在だったのだろうか。

「ごめんなさい、緒方さん。ボクは…」

どう言ったらいいのだろう。言葉に出せない苦しい思いがアキラを苛んだ。

「…だから、私は君が嫌いなんだ。その素直で優しいのは苦労知らずのおぼっちゃんだからだ。

誰にとっても美徳にとらえられるなんて思わないほうがいい。」

緒方が畳に拳を叩きつけ言い放つと、小さな笑い声が響いた。

その瑠璃の鈴でも震わすような美しい響きとともに空間がたわむと

薄絹を被った白い姿が現れた。

「佐為さん。」

この時になってアキラはようやく危なければ呼ぶようにと言われていたことを思い出した。

自分の不甲斐なさに思わず拳を震わせる。

「気にすんなって。出来たら呼んでたろ出来る状況じゃなかっただけじゃん。」

ポンとヒカルに肩を叩かれた。

だがヒカルの思いやりだとはわかっていてもアキラはフイと顔を背けてしまう。

「あー!なんだよーオレには素直じゃねぇなー!」

むくれるヒカルを佐為が扇子の影で小さく笑う。

「大丈夫、緒方さんよりは素直ですよ。」

ギロリと緒方が佐為を睨みつける。

「どういう意味だ!」

「だって嫌いなら、どうしてそんなにアキラに拘るんです?

嫌いだと思わないとアキラの自分を慕う無邪気さや、愛されて育った優しさ素直さが

眩しくて仕方がないのでしょう?」

その言葉に思わずアキラは目を見開いた。

緒方は佐為を睨んだまま答えない。答えないのが、なによりの答なのだが精一杯の虚勢なのだ。

アキラはかがみ込んで緒方の背中に手を当てた。

傷が静かに治っていく。

「だから…嫌いなんだといっているだろう。わかっているのか私は君たちを殺そうとしたんだぞ。

本気でだ…本気で…」

後は口の中でごにょごにょ消えてしまった。

治すのを止めさせない行洋と明子の心もわかりすぎるほど推し量れる。

和やかな皆の中で緒方だけがむっつりと渋面を作っていた。

 

「さて…次は桑原老に会いに行かなくては…ね…。」

佐為の小さな呟きがヒカルにだけ聞こえた。

 

 

隠れ家は永夏達や塔矢行洋、再び合流した緒方で賑やかになっていた。

これを機に行洋が中心に立って皆の情報を集めて、

これからの対策をすることになった。

”政府のサイキッカー討伐部隊を管轄する座間長官からの命令は

突然おかしくなったんです。

塔矢長官が免職されてPSY管理局長官に昇格してからは特におかしい。”

安太善の言葉に行洋も頷いた。

”座間君は元々は金融関係の掌握しか興味が無かった。

サイキッカー討伐部隊の長官に抜擢されたことも不服そうにしていたよ。”

緒方も同意する。

”そうです。それが一昨年の春いきなり変わって過激なことをするようになった。

それまではPSYなど金にはならぬ、という風情でしたのに。

御器曽の金に目が眩んだのかもしれませんね。

執拗に先生の追い落としをしてきましたし。”

行洋が目を瞑って深く考え込む。

”御器曽君は確かに金に執着する性質だったが、才がなかった。

それがいきなり多額の資金を持って抜け目無く立ち回り

座間君を動かすほどの金銭を持ち得るようになった理由がわからん。”

秀英に突かれて永夏が立ち上がった。

”説明し辛いんだが…御器曽の後には誰かいるらしい。”

驚愕し皆の視線が集中する。

”オレは御器曽に言われたんだ、味方をすれば今より大きい力をもらえるって。

その力のおかげで御器曽は幾らでも金が手に入るといっていた。”

場が静まりかえった。

ほんのりと見えてきた真の敵の計り知れぬ力を誰もが感じた。

 

静かに佐為が立ち上がった。

”私は少々、出かけて来ます。”

誰も答えない。

佐為の行動が今までの話し合いの総括であり、

佐為が一人でなさねばならないことだからこその言葉なのだと察したからだ。

だがヒカルも立ち上がった。

”オレも行く。”

”おいおい!”

慌てて和谷が声をかけるがニッと笑って佐為の袂を掴んだ。

”ダメなんて言わないよな。”

目を丸くしていた佐為は諦めたように微笑み頷いた。

トランスミッターとアンプリファイアーは離せない。

皆、黙って二人を見送った。

 

ヒカルは傍らの佐為を見上げた。

”なぁ、桑原ってヤツのところへ行くんだろう?そいつ危ないヤツなのか?”

ヒカルの言葉に佐為は体を丸めて可笑しそうに笑った。

”いえ、面白い方ですよ、ですが酔狂がすぎるところがあるようです。

あなたも手玉に取られないように気をつけて下さいね。”

複雑な表情で頷くヒカルに、佐為は心の中で呟いた。

(きっとヒカルなら大丈夫。気に入られますよ。

かえって私が行くより良い結果を生むかもしれません。)

 

二人は自分達の部屋に戻った。

”出かけるんじゃなかったのかよ?何か持っていくのか?”

ヒカルの言葉に佐為は首をふった。

”今すぐ出かけますよ。場所は、ここです。”

佐為の黒曜石のような瞳に魅入られたように足を踏み出したヒカルは

不思議な場所に立っていた。

星が瞬く宇宙空間に幾つもの螺旋階段や光の柱が立っている。

視認できないくらい遥か彼方に太陽のように巨大な力が脈打ち

非物理的でありながら質量さえ感じる強大な衝撃波が空間に響き力を満たしている。

”さぁ、行きましょうか。”

佐為の声だけが聞こえて、我に返ったヒカルは慌てて周囲を見回した。

足元は足幅しかない細い階段で眩暈を起こしそうな深遠が眼下を支配していた。

”ここは、どこだよ?!お前も、どこだ?!”

ヒカルが必死にバランスを取りながら叫ぶと頭の上でころころと笑う声が聞こえた。

声の聞こえた頭の上の空間を睨むヒカルに包み込むような感覚が降ってきた。

”わかりませんか?ヒカル。落ち着いて感じてみてください。”

突然の理解にヒカルはがっくりと座り込んだ。

”なんだ…佐為の中か…。説明してからにしてくれよな!”

悪戯っぽい笑いが周囲をくすぐる。

”でも、なんで?桑原って?”

”そう…彼は、ここにいるんです。私の中に居を構えてね。”

 

続く