「集結」

 

外に出るなりヒカル達は恐ろしい相手に進路を阻まれ

身動きが取れなくなってしまった。 

グルリと取り囲む老いも若きも女、女、女である。

血走った目が怖い。

永夏は淡々と進んでいこうとするが人数が多い上に道が狭い

空港のようなわけにはいかない。

永夏は肩をすくめるとヒカルを見た。

「オレになんとかしろっていうのかよ!

お前のせいなんだから、お前がやれよ!」

言葉が通じないせいだかなんだか、

永夏はヒカルを見つめるばかりで行動を起こす様子がない。

途方にくれたヒカルに聞きなれた声が聞こえた。

「よう、進藤!どっかいくなら乗せてやろうか?」

家の前に止まっていたタクシーからヒカルが以前

伊角や和谷と遊びに行った囲碁サロンで知り合った河合がニヤニヤ笑いながら顔を出した。

遅くまで対局させられて家まで送ってもらったことも

幾度とあるが何故こんなところにいるのかと訝しんでいると

河合は、そもそも永夏と秀英を空港からヒカルの家に連れてきたのが

自分であることを説明した。

そして、この二人についてヒカルに聞きたくって用が終わるまで待っていたことも。

「この兄ちゃん達、進藤ヒカル方 藤原佐為様。これっきり書いてない紙渡すんだぜ。

オレじゃない運ちゃんなら途方にくれるぜ。」

大げさに天を仰ぐ河合に噴出しながら大笑いしてヒカルは思い出した。

「いっけねぇ!河合さん、乗せてよ。棋院まで行かなきゃなんないんだ。」

「おうよ!そのモテモテの兄ちゃんは上着でもかぶせて下に押し込んどけよ。

それで通れるようになるぜ。ここへ来る時も、そうだったからな。」

思わぬ助けを得てヒカル達は棋院に向けて発車した。

 

「へー。じゃあ、お前もコイツらのことはわかねーのか?」

河合の小ばかにしたような言い草にもヒカルは頷くしかなかった。

「棋院に行けばわかると思うけどさー。それにしても河合さん

いやに熱心に知りたがるけど。なんで?」

ヒカルの質問に河合は豪快に笑った。

「そりゃあ、オレだって無関係じゃねと思うからよ!」

ヒカルの目が真ん中による。

「はぁ?そりゃあ囲碁関係の危機だろうけど河合さんは無関係だろ?」

「囲碁関係だったら関係あるじゃねーか!」

はいはい、碁を打つもんね。とあしらおうとしたヒカルは

突然のブレーキに前座席の背に激突した。

文句を言おうとした顔を上げると、

河合が背もたれごしに振り返ってヒカルを見ていた。

そしてニヤリと笑うとヒカルの髪の毛をぐしゃぐしゃにした。

「オレだって囲碁オバケの端くれだからなー!」

下品なバカ笑いをしつつ河合は機嫌良さそうに急発進した。

ヒカルは突然のカミングアウトと急発進に翻弄され

驚きの声も出せぬままに棋院まで運ばれた。

 

棋院前に降ろされると河合に掴みかかった。

「なんで言わなかったんだよ!」

「黙っていた方がかっこいいじゃねぇか。」

そういう問題じゃない。

そう思ったが、またもや女性が集まり始めたので

大急ぎで棋院に入った。

ロビーには違う人だかりが出来ていた。

これまた言葉のわからないらしい4人組が受付でもめているのだ。

そのうちの一人に高永夏が声をかけると4人ともやって来て合流した。

どうも永夏が声をかけた男が他の3人をヒカル達に紹介しているらしいが

挨拶をかわしているらしい永夏と秀英の隣りでヒカルは引きつり笑いを

浮かべるばかりで一向にわけがわからなかった。

「河合さん、なんていってるかわかる?囲碁オバケでしょう。」

期待してはいなかったが本当に河合は当てにならなかった。

「んなことがわかんなら自分で聞いてらぁ!」

ガハガハ笑う河合に絶望しかけたヒカルだったが救いはやって来た。

「やあ、進藤。何をしてるんだい?」

地獄に塔矢アキラである。

ヒカルにとって通常の場合は地獄がより地獄になることをさすが

この場合は救いとなるはずと思った。

なぜならヒカルはアキラが最近、外国語を習い始めたのを聞いていたからだ。

しばらくアキラは彼らと会話を交わしたのちヒカルを振り返った。

「中国語と韓国語だよ。こっちの彼らが韓国から来た永夏、そして秀英と日煥。

それから中国から来た陸力、世振、趙石。」

「で、何がどうなってるんだ?」

ヒカルの問いにアキラは首をふった。

「習い始めだから、挨拶以上はわからないよ。」

爽やかに笑う塔矢アキラに出来ればハリセンをかましたかったヒカルだったが

そんな命知らずなマネをしないというか出来ない、

分別と言うよりパブロフの犬のような状態で諦めていた。

とりえあず地獄がより地獄にならないですんでよかった。

ヒカルが床にへたり込んでいると

上からの視線が痛いことに気がついた。

見上げると皆が塔矢アキラのしゃべりに頷きながらヒカルを剣呑な目で見下ろしている。

時々、驚いたような顔を見合わせヒカルを見ながらヒソヒソささやき合う。

どうしても好意的に捉えられているように見えなくて

ヒカルはアキラの襟首を掴んだ。

「なに話してるんだー?!お前、挨拶くらいしか出来ないんじゃなかったのか?!」

「出来ないよ。でも、いい機会だからいろいろ試してみようと思って…

君は善良で心優しい人物だって言ってみた。テキストに載ってたんだ。」

日煥が軽蔑の眼差しで見ている。趙石が怯えた表情で陸力の後ろに隠れた。

「お前、それって正しく通じてると思うか?」

「さあ?」

ヒカルの問いに悪びれた様子もなくアキラは答えた。

一部始終を見ていた河合がため息をついてヒカルの肩をポンポンと叩いた。

「お前、苦労してるな…。」

 

いじけきったヒカルは皆から離れバーチャル水槽に張り付いた。

(佐為が来て説明してくれるまで、どうせオレに出来ることなんてないんだ。

もう、知るもんか!)

ふくれっ面を水槽に映していたヒカルは不思議なことに気がついた。

魚たちが泳ぐ水槽の砂利の中に金色に光る碁石がある。

(棋院のだからソフトが特注品なのかな?)

その碁石の映像に触れるように手を当てると碁石は映像から盛り上がり

慌てて差し出したヒカルの手の平に落ちた。

奇跡のような出来事に唖然としつつ確かめるように碁石を上にかざすと

背後で声があがった。

永夏達が驚いた顔でヒカルを見ていた。

さっきの悪人を見るような表情は消えていた。

 

つづく

18.5/25 水色真珠

次回予告

危機また危機の後に現れた碁石は何を意味するのか?

なし崩しに集まった北斗杯メンバー−1

足りない−1は?

実は囲碁オバケだった河合の役割は?

なぞばかり増えて敵がでてこない?!

すいません<(_ _)>