「日中の魔物達」

 

「アッキーでぇーす。」

大きく手を振りながらにこやかに言い放つ菅原顕忠に

条件反射的にヒカルは碁笥を投げつけていた。

「なんで、お前が新しい院生なんだ!年齢制限に引っかかるだろう!」

ついでにアナコンダバイスで締め上げる。

「昨日は死んだかと思ったのに、どういうことなんだよ!」

「ぬぐぐぐぐ〜。ワシはオバケじゃから死なんのじゃ〜。」

菅原顕忠はヒカルがつい忘れていた事実を指摘され

一瞬のスキを見せた間に逃れるとヒカルの前に土下座した。

「ワシが間違っていた〜

改心して大人用オバケンジャー隊に入隊を目指すことにしたんじゃ〜

許してくれ〜。」

うるうると涙を流しながら両手を組み小首を傾げた不気味さに

思わず皆が目をそらす。

ヒカルも思わずのけぞった、だが…。

「さんざん悪いことをしておいて何が…。」

「へー。この人どんな悪いことをしたの?」

二人の間にフクがひょいと顔を出した。

ヒカルは考えた。

えーと。芦原さんを倒したのはアキラだし、

でも、子ども囲碁大会をめちゃくちゃにしたのはコイツだよな。

碁盤の上でお菓子を食べたりミニカーを走らせたり…

碁笥にマーブルチョコ詰めたり、碁盤を積み木代わりにしたり

あれ?でも、それってものを知らないガキならやるようなことだよな?

それから幼稚園児に囲碁へのマイナスイメージを植えつけたって言うのは

アキラの捏造だし、碁石を鼻に詰めたとか?

棋院に紙を貼って回ったとか?

ヒカルは考え込んでしまった。

説明すると物凄くせこくってみみっちい話だ。

なんだかどうでもいいような気がしてくる。

まぁ、許してやるか。

そう思って菅原顕忠を見ると、いつの間にか現れたアキラと

手と手をとって涙を流していた。

「感動したよ!改心してくれるなんて!

これで今日からボクらは共に囲碁の高みを目指す仲間だ!!」

アキラの言動にかえって納得いかなくなるヒカルの額に青筋が立つ。

「なんで突然改心したんだ?昨日何があったんだ?」

「えーと、それはねぇ、ボクから説明するよ〜。」

振り返ると、そこにはオバケンジャーイエローが立っていた。

「昨日の夜、菅原顕忠を捕まえたのはボクらの仲間の抹茶だったんだ〜。

君が見たのは抹茶が作り出したイリュージョンだったんだよ〜。

菅原顕忠は恐怖のあまり改心しちゃったんだ〜。」

なるほどとヒカルは思った。

東京には不在な桑原をはじめ仲の悪そうな面々が

暗闇で子どものお菓子を食べているなんておかしいと思ったのだ。

しかし、とすると…。

「じゃあ、オレを脅かしたのも…?」

ヒカルの険悪なオーラにイエローが後ずさりする。

「あのね…。抹茶は冗談が好きだから〜。ご…ごめんね〜。」

おどおどと頭を下げると、そそくさと襖を開けて逃げ出す。

「あ…待てよ!お前たちの正体は…!?」

だがヒカルが慌てて追いかけて襖を開けると

そこには何故か着替え中のフクがいるだけだった。

「あれ?フク?今ここにオバケンジャーが来なかったか?」

「さ…さ〜?見てないけれど〜?」

忽然と姿を消したオバケンジャーにヒカルは改めて不思議を感じた。

「なぁ、何者なんだろうな?」

共にオバケンジャーの謎に迫るアキラを振り返ると

現れたときと同様に唐突にいなくなっていた。

そして、いつの間に馴染んだか菅原顕忠は皆とお茶を飲んで雑談していた。

(ど…どいつも、コイツも!)

持って行き場のない怒りにヒカルはガックリと膝をついた。

 

「おや?ヒカルどうしました?」

ポケットからひょっこり佐為が顔を出した。

(そういえば夜じゃないから大丈夫と思ったけど

棋院を見せておきたかったし連れて来ていたんだっけ。)

「菅原顕忠が改心したんだってさ。

せっかくだから、皆と仲良くするか?」

佐為を紹介しようとした時、ヒカルは周囲を包む恐ろしい気配に気が付いた。

常に優しく穏やかな伊角の、明るく親しみやすい和谷の只ならぬ目つき、

奈瀬も越智も尋常でない、まるで物の怪でも宿ったような…。

(な…なんだよ?棋院は昼間もオバケの巣窟なのかよ?)

「し〜んどう〜。」地の底から響くような声が周囲からいっせいにあがった。

焦って立ち上がると周囲は、すっかり取り囲まれていた。

まるでゾンビに取り囲まれたような状態で佐為を抱き上げると

大きなどよめきがあがる。

「囲碁オバケだ!佐為様だ!」

取り囲んだ輪が狭くなる。

「う〜たせろ〜!し〜んど〜、独り占めなんてズルイぞ〜!」

ようやく合点がいってヒカルが叫び返す。

「囲碁オバケなら菅原顕忠だっているだろう!

こっちにばっかりたかるな!」

そりゃあ格が違うし気持ちはわからないでもないが

憑かれているのは自分だという独占欲もある。

しっしっと追い払うが相手は減らない。

それどころか当の菅原顕忠まで同じように取り囲んでいる中にいる。

「し〜んど〜!」

追われると逃げたくなるのが情というものである。

ヒカルは佐為を抱えたまま人垣を突破するとエレベーターへ走った。

だが、すれ違った白川の穏やかな顔が豹変する

真柴のふざけた表情が変わる。

皆が皆、佐為を求めて追いかけてくる。

エレベーターから降りてきた一柳に阻まれて

階段へ活路を求めるとダイエットのために上がって来た桜野のため

下り階段を使えず上がるしかなくなった。

息を切らせながら駆け上がったが追いかけてくる人間を増やしただけで

週間囲碁編集部の前で追い詰められた。

「ヒカル。なぜ逃げ回っているんですか?」

抱えられた佐為がのん気に言うのを聞いてヒカルは

こっちの方が聞きたいという思いでいっぱいだった。

じりじりと詰め寄ってくる面々の殺気に

押されて逃げているだけなのだ。

「うちたぁ〜い。うたせろぉ〜。」

(佐為は強くたって一人なんだ。こんな大勢と打てるわけないだろ!)

ヒカルの心の声に佐為が答える。

(出来ますよ。)

ヒカルの手の中で佐為は小さい扇子を口元に当ててクスクス笑った。

すると、いつの間にか全員が屋上にいた。

碁盤がズラッと並んでいる。

ヒカルが下ろすと佐為はドンドン増えていった。

全部の碁盤に佐為がつくと人々は争うように碁盤の前に座った。

あちこちで「お願いします」と「ありません」の声があがる。

「素晴らしいね、君は打ってもらわないの?」

またいつ現れたのかアキラがいた。

しかも、ちゃっかり打ったらしい。

げんなりしたヒカルが頭を抱える傍らで延々対局は続くのであった。

 

つづく

17.5/26 水色真珠

次回予告

菅原顕忠は改心し囲碁界は平和になったのだろうか?

それではオバケンジャーの存在意義は?

新たな敵はいるのか?!

(いえ、いるんですけれどね。そこまで行き着きませんでしたねTT)