「悩みなき無自覚オバケ」

 

ヒカルも中学生になった。

入学式は母親同伴は勘弁してもらい佐為と二人で出席した。

その帰宅の途中だった。

「ヤッホー!進藤く〜ん、元気〜?!」

校門の外に止まった車から声をかけてきたのは無自覚囲碁オバケの芦原だった。

傍らには、塔矢が座っていた。

「あれ?どうかしたの?」

問い掛けるヒカルに塔矢は珍しく機嫌よくしゃべる。

「入学祝に芦原さんがご馳走してくれるって言うから

付き合ってやるところなんだ。」

その言い方は何とかならないのかよ、

思わずヒカルは心の中で呟いた。

「もっとも芦原さんだから緒方さんみたいに銀座で御鮨なんてわけいかないから

ファミリーレストランとやらなんだけどね。」

いかにもファミレスなんて下賎なもの行ったことがないという口調が

ヒカルにはムッとくるものがあった。

が、佐為がコッソリ伝えてきた。

”本当に行ったことがないので嬉しいんですよ、

アキラって可愛いところありますね。”

今時、ファミレスに行ったことがないって、どういう家なんだよ!っと

つっこみかけて塔矢家の面々を思い浮かべて、なるほどと思うヒカルだった。

「進藤くんも行く?」

芦原の何気ない誘いに、一見変化はないのに

ヒカルはアキラの機嫌が変わるのを如実に肌に感じとった。

「佐為さんならボクも是非来て頂きたいですけれど

なんで進藤なんて誘うんです?」

アキラの体からは絶対零度の冷気が噴出している。

「幼稚園の時からの付き合いのボクと、

ついこの間ちょこっと知り合っただけの進藤を同じに扱うんですか?」

もう、いい!オレは行かなくて良いから止めてくれ〜

春だというのに体感気温北極のヒカルは逃げるに逃げられぬまま凍りついていた。

恐怖のあまり思わず小さくなっていた佐為が

小さい手でこするがとけるものではない。

「だって、オレとアキラは友達だろ。だったらアキラの友達の

進藤くんも友達じゃないか。それにメシは賑やかな方が美味しいぞ。」

常春バリアの芦原がのほほんと言うとピタリとアキラの冷気が消えた。

クルリと振り向かれてビクッと怯えたヒカルにニッコリと微笑みかける。

「じゃあ、行こう進藤。」

いつの間に行くことになったんだー!?とは怖くて言えないヒカルは

そのまま車に押し込められてしまった。

”なぁ…佐為…”

心の中で佐為に話し掛ける。

”オレ、ラーメン屋の方がいいんだけど…ダメかな…?”

溜め息と共に返事が返ってきた。

”ダメでしょうねぇ…”

ヒカルはガックリとうなだれた。

 

ファミレスに着くとアキラは物珍しそうにキョロキョロとあたりを見回した。

さらに運ばれてきたメニューを見て、目を輝かせている。

たしかに初めてらしいとヒカルは不憫なんだか腹立たしいんだか

複雑な気分だった。ヒカルもアキラも佐為も

それぞれに好きな物を注文し、ご機嫌で食べだした。だが…

「あれ?なんで芦原さん注文しなかったの?」

もっともなヒカルの疑問に芦原は水を飲みながら頭をかく。

「あははは、もう今月お金ないんだ。これで、いっぱいいっぱい。」

困った様子も悩む様子もなく言われてもヒカルにしてみれば

罪悪感がつのる。無理やり連れて来られたとはいえ、

しっかり奢ってもらっているのだから当然なのだが…。

”だったら、オレなんか誘わなきゃいいのに…

囲碁オバケって何考えているんだ?”

”この者と一緒にしないで下さい。”

小さい体の方がケーキが大きくなるからと小さくなって

ケーキに埋もれるようにして食べていた佐為はむくれたが

ヒカルからすれば、棋力を除けばきっかりしっかり同類だった。

「ぼくは、こんなに食べられないから食べて、芦原さん。」

アキラがセットメニューのうどんを差し出した。

”こいつ本当に食べられないから出しただけだな…”

ヒカルが心の中で呟くと佐為もうなづいた。

”…ですね、上のホタテはチャッカリ食べてあるところなんて流石です。”

「あぁ…進藤、気にしなくていいよ。

どうせ毎月うちに転がり込んで食事していくんだから。」

一見、迷惑そうな顔をしながら言うアキラに

ヒカルは思いっきりラーメンをすすりこみながら思った。

(お前が、そう仕向けてるんじゃないのか…?)

ヒカルは、つくづく可哀想なヤツと芦原に同情せずにはいられなかった。

食事は和やかにすすんだが異変は突然やってきた。

 ガタッ!

ファミレスの扉から入ってきたのは

偉そうにふんぞり返った囲碁オバケだった。

(あれは菅原顕忠!)

佐為がヒカルの影からコッソリ覗いて小さく叫び声をあげた。

(なに?そいつ。)

(昔、宇宙囲碁オバケ杯でアゲハマを誤魔化して私に勝とうとして

失格になったオバケです。みんな、オバケなんですから

誤魔化せるわけないのに…。)

佐為は誤魔化そうとした行為自体が許せないのか

顔を真っ赤にして怒っている。

「ふ〜ん…宇宙囲碁オバケ杯でアゲハマを誤魔化して

失格になるなんて、そんな頭のわるいオバケもいるんだ?」

わざとらしく大きいアキラの声に血の気が引くヒカルと佐為。

佐為が慌てるが時すでに遅く菅原顕忠は目を吊り上げて

こちらに向かって歩いてくる。

さらに塔矢アキラが確信犯的なクスという笑いをもらすと

ピタリと菅原顕忠の足が止まった。

額には怒りでぶち切れそうな血管がういている。

(うわ〜!塔矢って、やっぱり怖いよ〜!)

菅原顕忠からというより塔矢から逃れるように

ヒカルは思わず机の下へ退避した。

わなわなと震える菅原顕忠はキッと佐為を睨みつけると

掴みかからんばかりの勢いで言った。

「ずいぶんといい教育をしているようだな!

お前が憑いている子供らしく憎たらしいガキだ!」

(どうも誤解があるようだ…)とヒカルは思ったが

矢面に立つのはイヤなのであえて訂正せず机の下に潜伏していた。

そして、その誤解にほんのり頬染めて嬉しそうな塔矢アキラも

否定しなかった。

慌てたのは正直者の佐為だけだった。

「違います!誤解ですよ、私は…」

だが菅原顕忠がみなまで聞くわけがなかった。

「えぇい!言い分けするとは、この期におよんで見苦しいぞ!

表へでろ!囲碁勝負だ!!」

だが、ずいっと前に出たのは…、もとい出されたのは芦原だった。

「佐為さんが出るまでもありません。

芦原さんがお相手するそうです。」

アキラに押されて、ヘラヘラと前に出された芦原には

まったく状況がわかっているようにはみえなかった。

「ボク達は、まだ食事中ですし

芦原さん、何も食べてないんですから相手していて下さいね。」

この状況で、そういう理屈が通るものではないと思うが

通してしまうのが塔矢アキラのスゴイところなのかもしれない。

芦原は何がなんだかわからないままルンルンと菅原顕忠と表に出て行った。

しばらくして外からはホゲ!とかグゲェ!とか空恐ろしい悲鳴が聞こえたが

それより恐ろしかったのは焦って食べるヒカルと佐為にかけられた

「よく噛まないと消化に悪いですよ。」という

落ち着き払った塔矢アキラの声だった。

 

つづく

15.7/20 水色真珠

次回予告

芦原さんの運命やいかに!?

菅原顕忠に芦原さんは勝つことが出来るのか!?

塔矢アキラの意図は!?

次回、佐為ちゃんの秘密の力が発動?