博多とよのか殺人的事件(前編)

棋士は見た!ビニールハウスに隠された半透明な秘密

 

芦原の運転する車が碁会所に着くと中では静かな修羅場が進行中だった。

行洋と楽しげに碁を打つ佐為、囲碁オバケの血が騒ぐのか佐為と打ちたそうな明子、

佐為と打ちたいし、明子が佐為と打ちたくて夢中なのに危機感を覚えて必死な行洋。

その重苦しくもないが雰囲気を打ち壊すような芦原の声。

「おっはよーございまーす!」

佐為は、やっと碁盤から顔を上げて能天気な声の主を見た。

後にはアキラと体操服姿のヒカル。

「おや?ヒカルは学校じゃなかったんですか?」

ヒカルはダッシュして佐為の手を取ると立ち上がらせた。

「何言ってるんだ!学校よりもお前の方が大事だ!

さぁ!イチゴ狩りに行くぞ!」

イチゴと聞いた途端、ポンと小さくなりきゃわきゃわと

喜びだす佐為と明子。

「あなた〜、私たちも行きましょう〜♪」

行洋のまわりをくるくる回ってはしゃぐ明子に嫌とは言えない。

行洋が頷くと明子は行洋の首に抱きついて頬に口づけした。

「行洋さん、だ〜いすき〜♪」

ヒカルは、すごい光景を見たと思った。

あの塔矢行洋が、真っ赤になったまま固まってしまったのだ。

あぜんとしていると、佐為がくっついてきた。

「ヒカル〜♪ヒカル〜♪早く行きましょう〜♪」

「そうそう、九州って杉並区より遠いらしいからな。」

芦原の発言の非常識さはヒカルにだってわかる。

だいたい勉強さぼりまくりでも小学六年生にもなれば

九州が東京都じゃないくらい知っているのに

一応プロである年齢の芦原が知らないなんて…。

だが、こっそりと佐為が耳打ちした。

「あのね。あの者も囲碁オバケですよ。しかも10歳にも満たないでしょう。」

驚いてヒカルが佐為の顔を見ると佐為はコクコクと頷いた。

「幼すぎて自分でも囲碁オバケであることを忘れているようですね。」

「そんなことってあるんだ?」

ヒカルが呆れて言うと佐為はニッコリ笑った。

「人に憑くだけでは飽き足らず、囲碁オバケの身分を隠して

囲碁界に身をおくオバケもいるそうですからね。

まぁ、それはそれぞれの勝手ですから黙っていてあげるのが礼儀と言うものです。

明子さんも誰にも言っていないようですし、ここは黙っていましょう。」

そんなものかと呆れながらヒカルが見ると、

芦原は目の前の内緒話にも気を止めた様子もなく笑っている。

ようやく行洋が硬直から解けたところで一同は出かけることとなった。

 

結局、芦原の車が着いたところは羽田空港だった。

「へ〜、ここが福岡かぁ〜。よく覚えておくよ!」

アキラは芦原の間違えを訂正もせず用は済んだからと追い返した。

「お前、何回も言うようだけど本当に兄弟子なのに

あんな態度でいいのか?」

いいかげん礼儀も行儀もないヒカルだが少なくとも常識くらいはある。

「いいんだ…芦原さんは友達だから。」

アキラはしれっと言ってのける。

また佐為がコソッとヒカルに囁いた。

「アキラは本当に友達だと思っているようですよ。

彼は親愛の情を示すのが不器用で、傍からは到底そうは見えませんが。」

「でも兄弟子を本当に友達だと思うのも、どうかと思うぜ。」

アキラの態度からすると自分も友達だと思われているのかもしれない

ヒカルは身震いした。

「君はライバルだ。」

いきなりアキラがヒカルの前に顔を突き出して言ったものだから

ヒカルは思いっきり腰を抜かしてしまった。

「お…お前は、サトルの化け物か〜?!」

「失敬な…!ボクは囲碁オバケハーフだ。人の思考なんて読めない。

それより行くぞ。ボクらの乗る飛行機は、こっちだ。」

襟首をつかまれてヒカルは引き摺られていく。

その後を行洋がきゃわきゃわと跳ねる小さくなった佐為と明子を

つれてついていく。

「ヒカルくんという良いお友達が出来て良かったですわ〜♪」

「アキラくんこそ、ヒカルには良い導き手です。」

囲碁オバケ達の会話を聞きながら塔矢行洋は進藤ヒカルに大いに同情していた。

 

一向が福岡空港につくとアキラはタクシーをひろって

知り合いの農場だと運転手に向かわせた先、そこは見渡す限りのビニールハウス。

確かにイチゴ農場だとわかった、だが…。

「なぁ…塔矢。なんなんだ、ここは。」

「見てわからないか?イチゴ農場だ。」

わかる…半透明なビニールの向こうに緑の葉と鮮やかなコントラストの赤い果実。

間違えようもなく、あれはイチゴだ。

だが…そのビニールハウスは山の斜面と言うよりは崖を段々に切り落とした所に

見上げるのも首が痛くなりそうなくらい高く高く続いていた。

「イチゴは日光が当たる方が良いらしい。斜面に作るわけだ。」

その言葉にヒカルは切れた。

「これは斜面じゃねぇー!崖だー!!」

だがアキラは気にする風もなく佐為と明子に向かって言った。

「というわけで、上のものの方が甘くて美味しいと思いますよ。」

聞くなり、二人はふわふわと風に乗って飛んでいく。

達観したような顔で行洋は後を追って崖を登り始めた。

「進藤、ライバルである君には、これを貸してやろう!

友情の証だ。」

そう言ってアキラは持参していたピッケルをヒカルに手渡した。

茫然自失していたヒカルは正常な思考が死んでいたのかもしれない。

「いいのか?お前すっげえ良い奴だな。でも借りられないよ。

お前が困るだろう?」

ショックで思考が死んでしまいアキラを無条件に良い奴だと感激しまくっている

ヒカルの言葉に、アキラは無情に首を横にふった。

「いや、ボクは寝袋も持ってきているから

君達が2〜3日帰らなくても大丈夫だよ。

存分にイチゴを食べてきてくれたまえ。」

ヒカルの頭の回りを?マークが乱れ飛んだ。

「もしかしたら、お前行かないのか?」

「当然だろう?ボクはオバケハーフであってオバケ憑きじゃない。

ここいらへんのイチゴでも十分甘いからね。堪能しながら待っているよ。」

「…おまえ、もしかして自分がイチゴが食いたくて皆を巻き込んだのか?」

確かに飛行機の手配や農場の下調べ装備すべてが

それを示しているような気がする。

あらぬ方に目を泳がせながらアキラはヒカルを崖に押し上げた。

「つまらないことを考えていると、ほら!見えなくなってしまうぞ!

早く行かないと困るんじゃないかい?」

確かに上を見ると佐為は遥か遠く見えなくなりそうだ。

「ほっておいて見捨てられたらどうするんだ?」

この借りは必ず返す!ヒカルは、そう誓って慌てて崖を登り始めた。

 

つづく

15.4/16 水色真珠

次回予告

オバケ憑きの過酷な定めを知ったヒカル…

その未来に…イチゴ狩りに…希望はあるのか!?

イチゴ狩りの果てに君は時の涙を見る…。

つづくったら、つづく!