遥かなる高み
(後編)
その日、佐為は塔矢行洋と碁を打っていて学校へはついてきていなかった。
体育の授業で体育館にあるボールを取りに行ったヒカルが
ボール入れのボールをつかんだ時だった。
「進藤!!」
ボールの下から手が出てきてヒカルの腕をつかんだ。
「うわ〜?!なんだ〜?!」
半泣きのヒカルの腕を掴んだのはアキラだった。
ボール入れから出てきたアキラは苺柄のアロハを着込んで
ピッケルを持ち寝袋を背負っていた。
「イチゴ狩りに出かけるぞ!進藤!」
「何言ってんだよ!オレ授業中だぜ!」
ヒカルの言葉にアキラは握り拳を震わせた。
「君は何もわかっていないのか!」
びびるヒカルの腕を掴んでおかまいなしにアキラは歩いていく。
学校から出て、手を上げると一台の車が止まった。
「紹介しよう、芦原さんだ。」
人のよさそうな男が運転席にいた。
「どこまで、送ればいいんだ?アキラ。」
「福岡」
ヒカルが声をあげた。
「福岡って、どこだよ?!東京じゃないだろう?!」
アキラは冷静に言い放つ。
「九州だよ。苺の二大勢力は西の『とよのか』と東の『女峰』だ。
『女峰』は、まだ季節じゃない。
だから『とよのか』で福岡なんだ。」
芦原が笑いながら言った。
「そうか、さすがアキラは物知りだな。
…で、九州って杉並区?」
ガツン、こともあろうにアキラは
(一応)兄弟子の頭を持っていたピッケルで殴った。
「お…おい…、芦原さんって兄弟子だろう…!」
焦るヒカルをよそにアキラはニッコリ笑った。
「芦原さんは友達だよね?」
芦原も特に気にした様子もなくドクドクと血を流しながら
爽やかに笑う。
「そうだな〜進藤くんの次に歳の近い友達はオレだからな〜。
ハハハハハハハ」
ヒカルは、係わり合いになりたくなかった。
「オ…オレ、授業中だから本当に残念だけど。失礼するわ。
ご…ごめんな〜!」
だが逃げようとするヒカルの襟首をアキラはシッカと捕まえていた。
「君は本当にオバケ憑きか!?
教えてやらねばなるまい!!
よく聞くんだ!」
アキラは強い調子でヒカルに詰め寄った。
「囲碁オバケは得てして、可愛いものや美味しいものが大好きだ。
よってオバケとより親密になるに…いや見放されないために
可愛いもの、美味しいものを与える努力は怠れない!
忍耐・努力・辛酸・苦汁…果ては絶望まで乗り越えて
それでもなお、その高みに届かなかった者さえいるんだぞ!」
「わけわからねぇよっ!なんで可愛いものや美味しいもので
忍耐・努力・辛酸・苦汁…果ては絶望なんてモンがでてくるんだよっ!」
アキラはうつむくと肩を震わせた。
「ボクは父の傍らで、幼い頃からずっと見てきた…」
「何言ってんだよ。お前の母さんって、
おやじさんの後を黙ってついてくって感じじゃん。」
アキラはフルフルと首をふった。
「お父さんは、あの顔で月に何度もファンシーショップに通っている…
お母さんの好きな可愛いグッズを買うために。
白い目で見られても通いつづける忍耐
可愛いグッズがでれば、すぐ買い付ける努力
限定品を手に入れるために女子高生に混じって徹夜で並ぶ辛酸
買ったはいいが気に入られず捨てられていたのを発見する苦汁
果ては…若い棋士を見るとやたら世話を焼きたがって
自分を捨てるんじゃないかという絶望
それを何度も乗り越えてきたのを、ボクは
この目で見てきている!」
アキラの目には涙がにじんでいた。
「君は囲碁オバケに見捨てられた惨めな棋士になりたいのか?!
いくら実力があっても業界で後ろ指をさされ嘲られ
消えていった棋士達を、ボクは何人も知っている!」
ヒカルはヘナヘナと座り込んだ。
確かに、自分だって佐為に見捨てられたら…
背筋が寒くなる。
オバケに見捨てられたオバケ憑きなんて、ク○―プの入っていないコーヒー
いや、恥ずかしくて家族も表を歩けまい。
「塔矢!オレ間違っていたよ!行く!佐為のためなら福島だってなんだって!」
アキラとヒカルは抱き合って涙にくれた。
「よくわかってくれた、進藤!
それでこそ、ボクのライバルだ!」
といいながらアキラはグーでヒカルを殴った。
「だが、行く先は『福岡』だ!よく覚えておいてもらおう!」
アキラとヒカルが乗ると、芦原は車をだした。
「お父さんと対局している佐為さんを拾ってイチゴ狩りに行く!
芦原さん、碁会所に向かってください。」
口調こそ丁寧だが明らかに命令なアキラだった。
つづく
H
15.4/13 水色真珠次回予告
オバケ憑きの過酷な定めを知ったヒカル…
その未来に…イチゴ狩りに…希望はあるのか!?
イチゴ狩りの果てに君は時の涙を見る…。