運命の出会い
ヒカルは必死に囲碁を学んだ。
だが、めざましい成長を見せるにつれ様子がおかしくなって来た。
ちょうど、目の前にぶらさげられた人参が近くなるにつれ
走ることに集中できなくなった馬のように。
「つまり、ここがいけなかったんですね。ここは、こちらに…わかりましたか?」
ヒカルは難しい顔でうなっている。
「わからないんですか?」
ますます難しい顔でうなる。
佐為は、ひょこっとヒカルの頭に飛び乗ると小さな聴診器を取り出して
ヒカルの頭の中の声を聞いた。
(
一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円一万円)ふぅ…佐為はため息をついた。
「雑念が多すぎて頭に入らないみたいですね。」
佐為がフワリと浮かんで窓に向かうと窓がカラリと開いた。
まだヒカルは頭の中の一万円を数えている。
佐為は、すぅと息を吸い込むと小さな体のどこから出るのか不思議なくらい
大きな声で怒鳴った。
「サイッテー!ヒカル!サイッテー!
もう知りません!私は近所の碁会所に行って来ます!」
ぷくぷくぷんと怒った佐為は慌てたヒカルが止める間もなく
窓から風に乗って出て行ってしまった。
「待ってくれ〜一万円〜じゃなくて、佐為〜ちゃんと覚えるからさ〜!」
しかし佐為は、すでに見えなくなっていた。
ヒカルはがっくりとして膝をついた。
「あぁ…オレの一万円…」
その頃、佐為は駅前の碁会所に来ていた。
「すいませ〜ん、明子さんいらっしゃいますか〜?」
受付の女性は一瞬驚いて目を見開いたが、すぐ恭しく頭を下げた。
「いらっしゃいませ、佐為様にお出で頂けるなんて光栄です。
奥様〜、佐為様です〜。」
市河さんが奥に向かって声をかけると着物姿の美しい女性が現れた。
「あら、佐為様ようこそいらっしゃいました。」
ややおっとりとしながらも芯の強さを感じさせる物腰で明子は微笑んだ。
何時の間にか佐為も人間サイズになっているが
ぷくぷくと怒った顔のままなので何故かかわいい印象を与えてしまう。
「どうかなさいましたか?」
クスクスと小さな笑いを堪えきれずに明子が訊ねながら
テーブルの上に手を差し出すと草もちと抹茶があらわれた。
すると佐為は、やっと顔をほころばせた。
「あ〜、これこれ、ありがとうございます。」
無邪気に笑顔を見せて草もちを頬張ると、
いかにも幸せそうで見てる方まで微笑みたくなる。
「う〜ん、おいひいです。」
しばらく、モグモグ食べることに集中していた佐為だが
テーブルをはさんで明子が微笑みながら見つめているのに気が付くと
ようやく話しはじめた。
「すいませんね〜。いま、囲碁を教えるように頼まれている子供がいるんですけど
この子がまた、イマドキっていうんですか?そういう子で囲碁を
やるのも御金のためだけって感じで、特に最近ぜんぜん頭に入らないんですよ。
私の霊力だと、ものすご〜く才能があるのは確かなんですけれど…。
…ライバルでもいれば変わるかもしれないんですけど。」
佐為が一気に話すと明子はニッコリ微笑んだ。
「それで私のところへいらしたんですね。」
「えぇ…、申し訳ないんですけれど…」
佐為の申し訳なさそうな顔に明子は首をふった。
「いいえ…私の方こそ、ご相談に伺おうと思っていたくらいなんです。
息子にも…アキラさんにもライバルが必要ですわ。
それも尋常な力でない相手が…碁は一人では打てませんものね。」
佐為は詰まった。
「でも、ヒカルはたいして打てませんよ?」
「大丈夫ですわ。お任せください。」
明子は、たおやかに微笑むと立ち上がって窓から下を見た。
「ちょうど、アキラさんも帰ってきたところですわ。」
「こんにちは!」
元気のいい声と共に可愛らしい少年が入り口から入ってきた。
「おかえりなさい、アキラさん。」
「あ…!お母さん。ただいま、戻りました。
こちらに、お母さんがいらしているなんて珍しいですね。」
明子は愛しそうにアキラを見つめながら、差し招いた。
「こちらへ、いらっしゃい。
紹介したい方がいらっしゃるの。」
その時になって、アキラは初めて母以外の囲碁オバケがいるのに気が付いた。
「あなたは、私以外の囲碁オバケに会うのは初めてね。
こちらは藤原佐為様、囲碁オバケの中でも最高の棋力と霊力を
お持ちの方よ。」
アキラの顔が一気に緊張して紅潮した。
「は…はじめまして。お会いできて光栄です。」
佐為はニッコリと微笑んだ。
「はじめまして、どうぞお見知りおきくださいね。」
そう言ったとたんアキラの目が泳ぎはじめる。
「あの…あの…」
「どうかしましたか?」
「一局お願いしてもよろしいでしょうか?」
さすが囲碁オバケハーフ、血が騒ぎ出したようだ。
まして純正囲碁オバケの佐為は異論があるはずもなかった。
「のぞむところです。」
いそいそと碁笥を開ける。
数時間後、幸せそうなため息と共にアキラが頭を下げた。
「ありません。」
佐為も満足そうに微笑む。
「ありがとうございます。いい碁でしたね。」
アキラは弾かれたように面を上げて顔を赤くした。
「そうでしょうか。嬉しいです。」
そこで明子が突然大きくため息をついた。
「これだけの、御力のある佐為様が憑いて下さっているのに
囲碁でお金儲けしか考えない子がいるなんて信じられないわ。」
行儀のいいアキラが大きくイスを鳴らして立ち上がった。
「なんですって!どういうことなんですか!?」
はてなマークを飛ばす佐為を他所に明子は我が子を抱きしめると
悲しげに言った。
「そういう子に限って、才能はあるのよ。
アキラさんだって才能はあるし努力を惜しまないし
何より囲碁を愛しているのに…そんな子の方が才能があるなんて…」
アキラは大きな衝撃を受けていた。
「そんなの許せません!ぼくが性根を叩きなおして見せます。」
その時だった塔矢行洋の碁会所を、進藤ヒカルが訪れたのは。
佐為を探して近所の碁会所を回り偶然ここに辿り着いた…
と本人は思っていたが実は佐為のオバケ力のせいなのだ。
同じ囲碁オバケの明子にも、それはわかっていた。
「あの子が、そうなの。アキラさん…やっておしまいなさい!」
「はい!お母さん。」
ようやくことのしだいを飲み込んだ佐為がアワアワする。
「あの〜アキラくんより才能があるとは…。」
明子は口元を押さえて微笑んだ。
「アキラさんのためなら、ウソもつけば策士にもなりますわ。」
「…母は強しですね…」
思わず佐為は身震いした。そっと見るとアキラはヒカルを厳しく睨みつけていた。
運命の出会いだった。かもしれない?
つづく
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15.4/12 水色真珠次回予告
前回次回予告と違い偶然ではなく仕組まれた出会い…
吉と出るか凶とでるか
ヒカルの明日はどっちだ?!
凶かな?