聖地における緊急事態の傾向と対策

                   水色真珠

研究のため徹夜の続いた翌日の早朝、エルンストは女王の執務室に呼び出された。

緊急事態との連絡にエルンストは眠気を吹き飛ばすと部屋を飛び出した。

急ぎ足で廊下を歩いていると向こうからランディが走ってくるのが見えた。

「おはようございます!」彼は常に爽やかだ。

もちろん緊急事態でも、それは変わらないらしい。

「また緊急事態ですね!」エルンストには嬉しげな様子が理解できない。

廊下を曲がると、のんびりと本を読みながら歩くルヴァの後姿があった。

「ルヴァ様、おはようございます。」

緊急事態に関することが聞けるのではと緊張してエルンストが声をかけると

穏やかな微笑を浮かべた顔がふりかえった。

「あ〜おはようございます〜エルンスト。また緊急事態ですね〜。」

なんとなく、良いお天気ですね〜といった感じだ。

この二人に無駄なものを求めていたことに気がついてエルンストは内心失笑した。

二人とも違う意味で浮世離れしている。

第一、このところ女王の偉大な力に緊急事態など起きていないのに

”また”とは、どういうことなのか?事態を把握していない証拠ではないか。

いや…、ふとエルンストは自分としたことが時間の感覚を

読み誤っていたのではないかと思った。

この二人は、今の女王の前から守護聖をしているのだ。

彼らにしてみれば、ほんの数百年前にも緊急事態があったのかもしれない。

「あの…今度の緊急事態は、どういったことなのですか?」

思い直して訊ねてみると、ルヴァはニッコリ微笑んだ。

「あ〜、そうですね〜、いつもの緊急事態だと思いますよ〜」

エルンストは精神的な疲れを覚えて立ちすくんだ。

”いつもの””緊急事態”とは、どういうことなのか”また”とともに

並び得ない単語であるように思えてならないのだが。

立ちすくんでいたエルンストの背後から賑やかな声がしてきた。

大きな花束を抱えたマルセルと怪しげな機械を抱えたゼフェルだ。

「あいかわらず用意がいいな、マルセル。」

「ゼフェルこそ、ちゃんと緊急事態に備えていたんだね。」

笑いあう二人は凍りついたエルンストに気がついた様子もなく通り過ぎていく。

緊急事態に必要なのは救援物資とか食料とか王立派遣軍とか…

エルンストの頭では、どうしても怪しげな機械や花束は結びつかない。

もっと常識のある人はいないかと回りを見渡すと、

やっと必死の形相の人間を見つけた…オリヴィエだ。

目を吊り上げ、急ぎ足で廊下を歩いてくる。

だが、エルンストは躊躇した、なぜならオリヴィエの手には

沢山の煌びやかな布や化粧品が山をなしており、

マルセルやゼフェルと同類であることは火を見るより明らかだったからだ。

こんな時に当てになる人物は二人しかいなかった首座の光の守護聖ジュリアスと

聖地の警護も統括している炎の守護聖オスカーだ。

だが、エルンストの求めを裏切って現れたのは黒い影の塊のような人物だった。

エルンストの落胆を他所に普段は大儀そうに話もしないクラヴィスが、

珍しく声をかけてきた。

「緊急事態なのに行かなくてもいいのか?」

その瞳には、からかいを含んだ面白いものを見つけたといった輝きがあった。

「いけば答えは見つかるのではないか?」

そのもっとも当たり前なことを失念するほど自分が動揺していたことに

初めてエルンストは気がついた。

慌てて礼をすると緊急事態もどこ吹く風といった足取りのクラヴィスを

あとにおいて女王の執務室に向かった。

執務室につくと厳しい顔をしたジュリアスとオスカーが入り口を守っていた。

「おそい!何をしていたのだ!」

機嫌の悪そうなジュリアスに一括されるとエルンストは慌てて女王の執務室に入った。

 

そこには声も出ないような光景がひろがっていた。

そこかしこに飾られた可憐な花々、

その影に隠すように置かれた怪しい機械からは流麗な音楽が流れ、

ルヴァが薀蓄をたれながらお茶やお菓子をひろげ、

ランディが部屋の壁を上り下りしながら照明器具や飾りをつけている。

そしてオリヴィエによって目も眩むくらい可愛らしく化粧を施され

天使のようなドレスに身を包んだ女王。

エルンストの後ろからクラヴィスがやってきた。

「水晶球には、今日の恋愛運はまずまずとでている。」

「よっしゃー!今日こそ落とすわよ!」

おおよそ、その可憐な姿とも女王の立場ともそぐわない仕草で

ガッツポーズを決めると女王はエルンストを振り返った。

「今日の天気は雨にして!それもしっとりとした静かなヤツよ。

ザーザー降りになんかしたら王立研究院は全員クビよ!」

エルンストはクラリと眩暈がした。

これが偉大な力を持ち、大きく包むように自愛深い育成をする

あの女王と同一人物なのだろうか?

フラフラと部屋から出るとジュリアスとオスカーが

相変わらず憮然としながら話をしていた。

「まったく、また緊急事態なんてたまりませんね。

クリスマス・新年・バレンタイン、こんどはバースディ。

鈍感なリュミエールなんて、どうせ何をやっても恋心なんてわかりゃしません。

毎回、駆り出されて手伝わされるなんて俺達馬鹿みたいですよ。」

「そういうな、オスカー。私だとて不本意この上ないのだ。」

怒り心頭のオスカーと疲れ果てたジュリアスの渋面に

やっと事の真相を知ったエルンストは大きなショックを受けていた。

”つ…つまり緊急事態というのは、陛下の恋愛関係のイベントに駆りだされることで、

私は…いつでも気象を細かく設定出来るようにしておく必要があるということですか…”

偉大な女王として崇めていた相手の本性にエルンストは

どっと徹夜の眠気が戻ってくるのを感じた。

それでも、なんとか研究院へ戻って気象を設定すると思惑通り静かな雨が降り出した。

もう寝よう…全てをプログラムするとエルンストは疲れた心と体を引き摺って

自室に戻ることにした。

が…、頭に閃くものがあった。

”もし、これで陛下の想いが通じれば、もう緊急事態はなくなるわけですね…”

確かめなくては!エルンストは女王の執務室に向かった。

 

辿り着いた先は、すでに満員御礼だった。

みな考えることは同じかと思うエルンストだったが

思惑は、それぞれなようだった。

圧倒的に多いのは野次馬だった。

次回の緊急事態の用意が必要かどうか議論する者

エルンストのように心配で事態を見守りに来た者もいる

が、今回でくっつくかくっつかないか賭けしている者までいる。

「どうなんです?」

エルンストが胴元のオリヴィエに尋ねると、彼は笑って窓を指さした。

どうやら部屋にリュミエールが入ってきた途端、女王は後手で鍵をかけてしまったようだ。

いつもの女王の所業から逃げ気味に退路を探すリュミエール。

壁にへばりついたリュミエールにソファを軽く飛び越えて抱きつく女王。

「陛下ってば〜!だから押せばいいってモンじゃないのに。」オリヴィエがため息をつく。

「結果はどうでもいいから、さっさとケリをつけてしまえ!

そこだ陛下!いけ〜!!」オスカーはプロレス観戦さながらだ。

「あ〜ボクのいけたお花が〜!」

花瓶が倒れて花が大きく舞い散ったのを見てマルセルが涙ぐんだ。

そして当のリュミエールも肩口が露わになった服を押さえて目を潤ませている。

だが、取り付いた扉は頑丈で、いくら取っ手を回しても鍵が開くはずもない。

それに、せまる女王。

「あ〜そろそろいけませんね〜、これ以上やると犯罪ですね〜」

ルヴァがのんびり言って立ち上がると回りからブーイングが起こる。

「とことんやらせて、ケリつけた方がいいと思うぜ!」

「それって陛下にふられろってこと?!」

「どうせ、あの二人がカップルなんて無理なんだぜ!」

「陛下が諦めないんだもの。ケリなんてつくわけないよ!」

「どんな困難なことでもあきらめない陛下ってスゴイとおもうぜ!」

「…あれが気の毒だと思う者はいないのか…」

「ともかく陛下が犯罪など、とんでもない!ルヴァ!今すぐ止めよ!」

ジュリアスの一声で騒ぎが収まるとルヴァは小型通信機をだした。

「あ〜あ〜テステステス。こちらは、マイクのテスト中。」

窮地にたったリュミエールが聞いたら泣き出しそうな、のんびりした口調だった。

「あ〜ロザリア。緊急事態です〜女王の執務室に来てください。」

ルヴァが言い終わるより早く女王の執務室の扉の取っ手が突然ガチャガチャ回されたが、

当然開くわけがない。だが次の瞬間、扉は轟音と共に外側に向けて倒れ

そこには女王補佐官のロザリアが立っていた。

「ほ〜ほっほっほっ!アンジェ、失敗したようね!今度は私の番よ!」

「なに言ってるの!まだ、まだよ!じゃんけんで勝ったのは私なんだから

今日は絶対に譲らないわ!」

二人が火花を散らす隙に、こっそりリュミエールを回収する王立派遣軍。

「あ〜今回は毒をもって毒を制す作戦にしてみました〜」

なんとなくエルンストは何も知らない学生の頃に戻った気分になって

ルヴァに向かって片手を上げた。

「はい〜?エルンスト。何か質問ですか?」

「あの…いつも、こんな風なんですか?」

ルヴァはニッコリ微笑んだ。

「あ〜そうですよ。女王候補の頃から変わりませんね〜。あ〜いえ〜。

今は聖獣の宇宙の女王と補佐官も加わりましたから、あちらがじゃんけんに勝つと

宇宙を超えた騒動になりますね〜。」

きっと明日もお天気ですね〜という感じの口調にエルンストは胃痛を覚えた。

「なんとかならないのでしょうか?」

「ならないでしょうね〜。

あ〜次は7月7日ですから皆さんも緊急事態に備えておいてくださいね〜。」

ルヴァの言葉に三々五々、人々が散っていく。

予想を超えた現実に、ただ一人立ちつくすエルンストはコレットやレイチェルの場合の

傾向と対策も、ひたすら頭の中で練っていた。

End

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リュミエール様の御誕生日企画なのに、不幸ってどういうことなんでしょうね…

私の腐った愛を押し付けられて可哀想なリュミ様…